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英語de軍事『四字熟語』 VOL.09

    謹賀新年

◎『ケネディー大統領』と『一字拝領』                      山本の似顔絵

 

一石二鳥

To kill two birds with one stone.

2013年11月15日、ケネディー元大統領の長女、キャロライン・ケネディ駐日大使の来日のニュースをマスコミ各社は、一斉に報道した。この一連のマスコミ報道の中には、ケネディー大統領が凶弾に倒れたことを例に挙げて、ケネディー家一族が巻き込まれた一連の事故に付いて報道する内容も含まれていた。このケネディー大統領一族を襲った悲劇について報道された時に、ふと私の家に来て泊まったこともあるプノンペン王立大学生のことを思いだした。

時を同じくして安倍晋三総理大臣がカンボジア王国を訪問して、フンセン首相と会談した。そして安倍総理は「今後、日本は、今後カンボジアの『医療・人材支援』と『カンボジアのPKOの支援』の役割を果たして行きたい・・・・・」と国内外のマスコミに発表した。不肖山本が、十余年前に、カンボジアで汗水たらした苦労が無駄ではなかったと確信した。

そして28年間カンボジア王国の首相の座にあったフンセン首相の長年の希望が叶えられた日でもあった。

一昨年、カンボジアの国の機関CMAC【カンボジア地雷除去活動センター:Cambodian Mine Action Center】の地雷除去小隊長の使用する『野外教範ハンドブック』の作成と防衛省の『カンボジア陸軍能力構築支援』のお仕事が身を結んだと思い、安倍総理のマスコミ報道テレビを万感の思いでテレビを見ていた。・・・・・・・・・・・

報道の細部については、本記事の末尾のJapan Times紙の記事参照。

このホームページの電子画面を利用して、カンボジアでの不発弾及び地雷処理のNGOの立ち上げと、カンボジアの国の機関CMACでの4年間の勤務や、一昨年、体験したCMACの地雷除去小隊長が使用する『野外教範ハンドブック』の制作や防衛省の「カンボジア陸軍能力構築支援』のお手伝いをさせて頂いたことを皆様にご報告致したいと思います。

不肖、山本は、今から10年程前、カンボジアで地雷・不発弾処理のNGOを立ち上げるべく奮闘努力していた。このNGOの名称を「日本地雷処理を支援する会」【JMAS】という。当時、カンボジアには、200近くのNGO団体が乱立していたが、政府や地方自治体の認証を受けた団体となると、50団体にも満たなかった。そこで、JMASは、カンボジアの政府の認証を取ることにした。

JMASの現地雇用の第一号は、運転手のソフィーさんとクメール語と日本語の通訳のケディーさんであった。ケディーさんは、カンボジアの最高学府のプノンペン王立大学の観光学科の学生でもあった。プノンペン大学で授業のない時に『クメール語と日本語』の通訳の支援をして頂いた。いわいるアルバイトである。ケディーさんにとっては、日本語を学びながら収入を得ることが出来る。まさに『一石二鳥』のお仕事でもあった。

ある時、ケディーさんが大学で使用している教科書【コピー印刷】を見せてもらった。プノンペン大学の観光学科で使用されている教科書の内容は、程度が高いとは思わなかったが、全て英語かフランス語であった。自国のクメール語の教科書はないとのことである。なにやら国連の公用語なみだと思った。またプノンペン大学の教授陣は、ほとんどカンボジア人ではなく、外国人とのことでした。自国のクメール語を使用して授業が行われるのは、クメール文学学科のみとのことでした。その後、プノンペン大学のクメール文学学科の日本人留学の佐藤佳子と知り合いとなり、JMASの『Finance officer【経理担当】』として勤務して頂いた。

また、山本がJICAの長期専門家勤務の際に、『英語・日本語・クメール語三カ国、車両工学辞典』の製作の際には、クメール語のチェックをしていただいた。この車両工学辞典と共に、クメール語の『車両整備教範』と共にプノンペン王立大学のフンセン図書館に寄付した。同時に、カンボジア国立図書館にも寄付させて頂きました。

カンボジアは、かつてフランスの植民地だけあって、年配の人は、フランス語を話すことが出来る人が多い。CMACのケムソファン長官【陸軍中将】は、英語よりもフランス語の方が堪能である。

かつてプノンペン大学で教鞭を取ったこともあるJICAのIT技術の長期専門家でCMAC勤務していた藤本誠さんによるとく『これといった産業のないカンボジアでは、外国語が出来ない学生は、就職先がない』とのことであった。このような理由で、カンボジアの大学生は、語学力に関しては、日本の大学生を凌駕しているのである。この英語de『四字熟語』のコナーも英語で四字熟語を習えば、日本語と英語の能力を同時に習得出来ると考えたからです。因みに、このホーム・ページも藤本さんが設計したものである。

このケディーさんの名前の由来が一度聞くと忘れることが出来ない。ケディーさんのお父さんは、『アメリカ文化』が大好きの大学の英文学学科の教授であった。しかも、『アメリカの第35第大統領John F. Kennedyの熱烈なフアン』であり、大統領のスピーチに陶酔していた。そして、なんと自分の二番目の息子に『ケネディー』ならぬ『ケディー』と名づけた。そして、ケディーさんのお父さんは、真っ先にボル・ポトの粛清に合い、殺されてしまったとのことでした。粛清にあった理由とは、「大学教授は、『ばい菌』であり『腐った果実』である」。『ばい菌』は、殺さないと人に感染する。即、殺菌すべし。『腐った果実』は、同じ籠に入っている多くの新鮮な果物を腐らせてしまう。即、取り除くべし。アメリカかぶれの教授は、即抹殺すべしと。ケディーさんのお父さんは、ポル・ポトに殺されてしまったのである。

現地偵察

★   写真に向かって左。腕組みしている男:筆者の山本賢。昭和金属工業の帯電防止作業服着用。乾季のカンボジアでは、不発弾処理や地雷除去作業中静電気が発生しやすい。地雷の中には、地雷除去防止機構付き中国製72式対人地雷の様に電気で起爆するものもある。要注意。

無帽の男:現職自衛官の日下部忠敏さん陸上自衛隊武器学校弾薬科教官【中谷元防衛庁長官に休暇届けを出して自費でPKOに参加】。

中央:日本語 – クメール語通訳のケディーさん。メモを読み上げている。

右側:法衣の男。JMASの創始者;土居義尚和尚。元:陸上自衛隊武器学校校長。この姿でフンセン首相首の閣僚【 フンセン首相顧問CMMA長官;サムソタさん。CMMA : Cambodian Mine Action and Victim Assistance Authority、CMACの上部組織。カンボディアの地雷除去活動の国際貢献も首相にアドバイスする閣僚。初代CMAC長官 】と懇談実施。通訳は、ケディーさん。

土井・サムソタ事務局長会談

土井・サムソタ事務局長会談

 ★ CMAA【Cambodian Mine Action and victim Authority 】カンボジア地雷除去及び被災者救助局局長にNGO申請。サムソタ事務局長【初代CMAC長官】で、フンセン首相の信頼の厚い部下。カンボジアのCMACの年間予算、約10億円。そのうちカンボジアの政府の支出予算が約10%。残り90%を、サムソタさんと、CMACの長官ケムソファン陸軍中将とラタナCMAC副長官が全世界からかき集めてくるのである。このサムソタさん、国連の地雷処理業務の重鎮でもある。

この直後に、カンボジア政府の官房長官に合う予定であったが、サムソタ事務局長曰く「今日は、ソッカーン官房長官は、ことのほか忙しく、急遽会えなくなった。お土産の『とらやの羊羹』は、私から届けいたします」とのことであった。カンボジアにおいては、お坊さんの着る黄色の「法衣」は、ネクタイ着用背広姿の正装と同等に扱われるのである。

この光景を脇で見ていた重松さん小声で私に曰く、まるで江戸時代の悪徳商人越後屋が小判入の菓子箱をもみ手をして、代官様に差し出し、代官様が『越後屋。お主もワルよのう。・・・・』と大判入りの箱がしを受け取る悪代官様にそっくりだといった。

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 ★ 土井和尚日本大使館へご挨拶。立派な大きな建物である。おまけに豪華なプールまで付いていた。我々部外者は、泳ぐことが出来ない。

カンボジア大使にご挨拶。

★ カンボジア大使館にも、この黄色い法衣でご挨拶。『JMASをこのカンボジアに於いて旗揚げを致しましたので、草の根無償援助のご支援を伏してお願い致します』と小川郷太郎カンボディア王国、特命全権大使にご挨拶。この時、カンボジア日本国大使館には、防衛医大を卒業した、新進気鋭の石川雅広医師【精神科医】が医務官として働いていた。大使の後方向かって右の老眼鏡をした青い背広の男、鈴木昭二さん。元陸上自衛隊の不発弾処理にこの人ありと言われた、不発弾処理の第一人者。米軍が技術の粋を集めて開発した、信管離脱防止付き大型爆弾の信管離脱防止付き信管の離脱を得意・特技としていた不発弾処理技術の『匠』。JMASは、鈴木昭二さんを『三顧之礼』で迎え入れることにした。当初、奥さんから猛反対された。その理由とは『夫がカンボジアに行って地雷や不発弾を処理することについては、全然心配しませんが、ただ外国語が全然話せない御身、どうやって生活して、生き延びていけるのかが心配です』と。ご心配なく、日本語とクメール語の通訳、ケディーさんがいますから、安心して来てください。

小川大使後方の向かって左の黒い背広に、赤いネクタイの重松さん。不肖山本は、陸上自衛隊の武器学校に入校中、CMACが装備装備している「GMCトラック」の修理技術教育を受けた。

★ 不発弾及び地雷除去に関するCMACとJMASの協定書の調印式には、日本大使館の『草の根無償援助』の石本由美さんから、綺麗な花束が送られた。石本さんから、カンボジア政府に提出する不発及び地雷処理のSOP等の7種類の書類制作の貴重なアドバイスを頂いた。日本語;クメール語通訳のケディーさん、このお花の影に隠れてしまった。向かって左が、JMAS理事長の土井和尚、向かって右側は、CMACのケムソファン長官。CMACの会議室にて。

CMAC&JMAS

★ ケムソファン カンボジア地雷除去活動センター【CMAC】長官, カンボジア陸軍中将と土井和尚 日本地雷処理を支援する会【JMAS】の元陸上自衛隊陸将補との間で地雷及び不発弾の共同処理の協定書の調印式。CMACの会議室にて。

土井さんに説明しているのは、ラタナCMAC副長官。カンボジア陸軍のシビリアン。オーストラリア陸軍の『兵站学校卒』で、UNTACでは、明石さんの腹心の部下とのこと。お父さんは、ダム及び水路建設の過労で死亡。

土井さんの右側にいる男。かっての土井さんの部下で陸上自衛隊輸送科の隊員で『ゴラン高原』で勤務。名前を島田賢太郎いう策士。不肖山本は、土井和尚と島田賢太郎さんに騙されて、カンボジアの地雷・不発弾処理をすることになってしまった。土井さんから『アフガニスタン』に不発弾処理に行きませんかと誘と誘われたのである。『是非、山本さんの地雷・不発弾処理技術』と『語学力』を国際貢献で生かして下さいと・・・・・・。当時、自衛隊を定年隊官し民間会社を定年退職し、特許庁の軍事特許翻訳の下請けをしていました。オタワ条約【地雷禁止条約】の規制が強まると共に、世界では、この地雷禁止条約をかいくぐる『特許申請』が急増していた。

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★ CMACとの協定書提携後にCMAC本部ビルの屋上で記念祝賀会が開催された【準備は、諸準備はCMAC。費用は、JMASが負担】。この席上でJMASのワッペンをケムソファン陸軍中将閣下にプレゼント。米国の海兵隊の『Globe and anchor』(地球儀と錨)を真似て制作した『Globe and motor』(地球儀と迫撃砲弾)。不発弾の中で最も多い迫撃砲弾。アメリカのブッシュ大統領は、『Marine Core One』(大統領専用ヘリ)に乗るときには、必ず『星条旗付きの地球儀をあやかり』ー JMASのJを赤字とした。つまり日本国旗を両手で拝むという崇高なる意味が込められている。平たく、言えば安倍晋三総理大臣が靖国神社に参拝する心持ちを表したシンボルマークである。同時に土井和尚の『合掌礼拝』の意味も含まれている。

米海兵隊徽章米海兵隊徽章★ JMASのロゴマークは、米国海兵隊の徽章”Globe and anker” with eagleを愛しらったもので”Globe and motar with shield”と格調が高いのである。これを自画自賛という。

カンボジア軍シン中佐

★ カンボジア軍情報部シン中佐とのビックリ懇談。『ワタシ、日本陸軍ノ学校ニ、入リタイデス!』

カンボジア大使館から電話があった。『カンボジア政府から陸軍の将校を自衛隊の学校に入校させたいと言う要望が来た。大使館として適切なる処置が出来ないので、山本さん、お話を聞いてやって下さい。・・・・・・・・・とのことで、日本食レストラン『銀河』でお話をきくことにした。

約束の時間になっても、なかなか現れない。やがて軍服を着た男がやって来た。”Execuse me are you a Cambodian Army officer ?” “No sir!” ……..  待てど、暮らせど、カンボジア陸軍の将校はやって来ない。 そして再度、人待をしているこの男に、上述した大使館の話をしたら、それは、私のことですと。

この人は、戦車中隊長を経験したシン中佐で、今は、陸軍を離れて、カンボジア軍の情報本部に勤務しているとのことであった。

このシン中佐、土井和尚が身元引受人となって、市ヶ谷にある陸上自衛隊のAGSの学生となった。このシン中佐は、陸上自衛隊の市ヶ谷の幹部学校を卒業するとアフガニスタンのDDR【Disarmament, Demobilization and Reintegration 】ー 兵士の『武装解除・復員及び社会復帰 プログラムにJMASと共に汗を流すことになったのである。復員とは「動員を解除すること」である。この際、不肖山本賢の『軍事略語英和辞典』と山本賢の『軍事英和辞典』が大いに役立ったと褒めて頂いた。これも、JICAや他のNGOでは、出来ない国際貢献である。これを『手前味噌』と言う。

 爆破準備爆破準備

爆破処理

★ 不発弾と地雷の爆破処理準備作業【左】と爆破処理【カンボジアは日本国内と異なりどこの私有地でも爆破処理が可能である。沖縄の不発弾処理の話や基地問題のことを話しても誰も信じてくれない】

平和構築 爆破処理

★ JMASの『汚い!』、『キツイ!』、『危険な!』3K職場の代表格の不発弾処理業務が、カンボジアで始まった。爆破処理直後の記念すべき原典。写真中央の青い作業服の威張っている男。陸上自衛隊の施設学校【工兵学校】の名物地雷教官の杉尾さん。不肖山本の左側の「ピンク色のファイルを持っている男」CMACの不発弾担当将校。最近、台湾の企業に就職、全世界を駆け回っている。土井さん大満足の写真でもある。この写真を世界で屈指のホテルRaffles Hotel Le Royalの事務室の壁に掲げていた。

何故、カンボジアには、不発弾が多いのでしょうか?理由は、ベトナム戦争時の『ホーチミン・ルート』に遡る。ベトコンや北ベトナム軍が、ラオスとカンボジア国内を通って、人員物資を送り込んだ。これに、米軍のB-52爆撃機等が爆弾を投下した。下図参照。とりあえずJMASは、この爆弾等の処理をしながらCMACの不発弾処理技術を教育することになった。沖縄で不発弾処理をして来た経験が生かされることになった。

カンボジアに投下された爆弾

 ★ カンボジア王国不発弾汚染地図。

米軍は、1970~1975年の間に53万9120トンの爆弾をB-52爆撃機や戦闘爆撃機等でベトナム国境沿いのカンボジア領土にに投下された。この爆撃は、メニュー爆撃【Menu card bombing operation or Menu operation】と呼称され、Break fast bombing, Lanch bombing, Snack bombing,  Diner bombing と呼ばれていた。因みに太平洋戦争で米軍の日本への爆弾投下は、16万トンである。カンボジア国内に投下された爆弾の内約6%が不発弾になったと仮定すると約14万トンが不発弾となったと計算される。これを250kg爆弾に換算すると約57万発がカンボジア国土に不発弾が生じたことになる。因みに、カンボジアのバーやキャバレーなどにお酒を飲みに行くと『B-52 』という名前のアルコール度数の高いお酒もある。

そもそも、カンボジアとラオスの不発弾は、ベトナム戦争に起因する。北ベトナム軍は、隣国のラオスとカンボジアのジャングルを通るホーチミン・ルートを経由して、南ベトナム解放戦線【ベトコン】の支援していた。当時、カンボジアもラオスもベトナム軍の通過や軍事基地建設を阻止する力もなく、北ベトナムの軍隊のなすがままにせざるを得なかった。ベトナム軍の通過を黙認していたのである。軍事力を持たない国家の悲劇が始まった。

米軍カンボジア侵攻

北ベトナム軍は、カンボジア国内に、ベトコンを支援するための『軍事物資補給基地』、『兵器整備工場』、『訓練施設』及び『病院兼戦闘員非難処』等を建設し、運営をしていた。

この時、シャヌーク国王が外遊中に、カンボジアで親米派のロンノル将軍によるクーデターが起きた。ロンノル政権は、時を移さず『軍事介入要請』をアメリカして、自国内の北ベトナム軍排除を要請した。アメリカは、渡りに船とばかり、快く受け入れた。そして隠掩蔽良好なジャングルを枯れ葉剤【Agent Orange】を散布して、密林を丸裸にして、北ベトナムの兵站補給基地等の軍事施設にB-52爆撃機や戦闘爆撃機を使用してプレーベン州・スバイリエン州・カンダール州と言った、ベトナム国境沿いカンボジア領等に多量の爆弾を投下し、ジャングルに潜む北ベトナム軍をした。

プレーベン州知事のプレゼン

★ プレーベン州知事の不発弾処理要請のブリーフィング。CMACケムソファン長官への要請であったが、長官以下、全員が居眠りをした。起きているのは、不肖山本のみであった。州知事は、起きている山本に向かって、一生懸命に説明するも、クメール語が解らない山本は、プレーベン知事の誠意に答えるために、寝るわけには行かなかった。山本の右に座っている男は、JICAの長期専門家の島田健太郎さん。JMASを立ち上げるべく画策をし不肖山本をプレーベンの荒野に引っ張りだした偉大なる策士でもある。

時を同じくして、ちょうどこの頃、アフガニスタンの復興支援が国際社会の話題になり、緒方貞子さんの強い要望でアフガニスタンの支援をすることになった。そして日本から塩川大臣がカンボジアに来た事と相まって,フンセン首相は、カンボジア陸軍の地雷除去隊員200~300名を日本の旗の下で【日本のODA予算】でアフガニスタンに出かけたいとのことであった。

とりあえずJMASは、B-52爆撃機から投下された爆弾等の不発弾密度の最も高いプレーベン州に展開し、CMACの後方支援を受けて、2万6先発の不発弾を処理することに相成った。この2万6千発は、州知事からCMAC長官宛に矢のような処理要請がなされていたものであった。本来の計画であれば、プレーベン州を中心とした地域には、米軍の不発弾処理チーム15個チーム【班】が展開して処理する予定であったが、米軍がイラクとアフガニスタンに急遽出兵することになり、この計画が頓挫してしまった。そして、渡りに船とばかりJMASがこの地域の不発弾処理をすることに相成った。因みにこの時、CMACの不発弾処理班は、18個班であり、殆どの班は、西側諸国やオートラリアやニュージランド軍の不発弾処理隊員が指導にあたっていた。

このようなことで、JMASは、MAG【Mine Advisory Group】やHellow TrustやHandicap Internationalといった地雷・不発弾処理のNGOの仲間になったのである。

ソ連製や中国製擲弾RPG-7

★ ソ連製や中国製のRPG-7のロケット弾を始め、地雷や砲弾や大型爆弾の処理も要請された。

点火用意!点火! MVC-425F

JMASの鈴木昭三さん★ 不発弾処理の匠、鈴木昭三さんとその部下達。語学のハンディキャップは、何のその。率先垂範、身をもって模範事例の実務教育の実施。

CMACから出向して来た隊員とのお食事。

そして、鈴木さんは、日本の週刊誌から『和製ハート・ロッカー』と言われるようになった。この名前は、イラクの戦場に派遣され不発弾処理主としてIDEの処理に当たった米軍の不発弾処理隊員の映画から生まれた用語。IED【Improvised Explosive Device 】即席爆発物、応急仕掛け爆弾、路傍爆発物とか訳されている代物を処理する不発弾処理隊員のこと。因みに、イスラム原理主義者のテロリストが多用するこのIEDの元祖は、日本の全学連の『料理の本』である。日本の警察が押収した分厚いコピーを警察から防衛庁に『参考資料』として渡された。たまたま、この複製本を車の後部座席に於いて、東名高速道路の警察の検問中に発見され、自衛官の身分証明書ご提示したが、なかなか信用してもられなかった。

沖縄復帰時、米海兵隊の不発弾処理の交換教育の時、米軍側は、不発弾処理に対する知識・経験が豊富で、陸上自衛隊に教えることは、多々あったが、陸上自衛隊の不発弾処理知識・技能は、米軍に比べて格段に低かった。

そこで、全学連の学生が心血を注いで制作した『料理の本』を英訳し米海兵隊の不発弾処理隊員に教育した。

米海兵隊や米空軍の不発弾処理は、これをマイクロ・フイシィに収めて『中東』と書かれたアタシュケース【50mの高度のヘリからから落下しても砕けない官品;Goverment Issue】収納したことを今でも記憶に残っている。そして、ブッシュ大統領が、海兵隊のヘリに乗るたびにつけている星条旗付き海兵隊バッチをいただいた。その時、海兵隊の司令部のG-2/3部長から「このバツチ付けている限り、米海兵隊は、苦境に陥っている、あなたを見捨てない。助ける」といわれたことをいまでも覚えている。

この鈴木昭二さんのコミニュケーション能力にCMACのケムソファン長官も私も驚いた、カンボジアのお正月【旧正月】のパーティで尺八を吹き部下に日本語で歌を歌わせたのである。

鈴木昭二さんと部下隊員

MVC-589FJMAS事務室の会計担当のSさん。

★    プノンペン王立大学のフンセン図書館の前にて。プノンペン大学クメール文学学科学生の佐藤佳子さん。向かって右側。フンセン図書館とは、フンセン首相が図書館の建物のみをポケットマネーで寄付したものである。この図書館に『車両整備教範』『英語・日本語・クメール語自動車工学辞典』『山本賢の軍事英和辞典』『山本賢の軍事略語辞典』及び防衛大同期【B#6】の二見宣氏【安全保障・危機管理学会:JSSC理事長:当学会の最高顧問は、安倍晋三総理大臣】の日本語・クメール語「指差し会話辞典」『アテンド』を寄贈。このアテンドは、クメール語を話せない自衛隊員がカンボジアのPKO派遣された時、隊員が、指差し動作で会話出来るという代物である。類まれなる日本語とクメル語の辞書であるが、カンボジアのお父さんや優秀なデマイナー【地雷除去員】に通用しない場合が、多々あった。彼等曰く『ポルポトの時代学校がなかったのでカンボジア語を読めないんです』とのことでした。安全保障と危機管理学会のHPは、http://www.jssc.gr.jp

フンセン図書館閲覧室

 ★ フンセン図書館の閲覧室。カンボジア国王の写真が飾ってある。日本の図書館で天皇陛下の写真が飾ってあるところを見たことがない。

車両整備教範

★ 車両整備教範【クメール語でかかれたものです】JICAの図書館にあります。Spark

 ★ カラーの部品さし絵が約200点描かれている優れものでもあります。英語と現地語に書かれていますので、ごの現地用語に帰れば、世界中どこでも使用できます。ご希望であれば実費でお渡しします、ご活用下さい。

Email adress ;   masaruyamamoto@jecome.home.ne.jp

国立図書館に寄付

 ★ プノンペン王立大学のフンセン図書館に寄贈した山本の制作したクメール語の『車両整備教範』もカンボジア国立図書館に寄贈。このカンボジア国立図書館の女性部長、CMACのラタナ副長官と高校の同期生。ラタナさんは、希に見る秀才だそうであった。そして、ポルポト時代隠れて英語の勉強をしていたとのことであった。

自動車工学辞典

★   『自動車工学 日・英・クメール語辞典』。辞典表紙の写真に向かって右の白シャツの男、本辞書の英語⇒クメール語に翻訳したソヒアップ君。元高校英語教師。彼のお父さんは、ポル・ポトの進めるダム土木工事中、栄養失調で死亡。その隣の男。ブンテン潅木除去機整備主任;ソ連の機械工学科卒の経歴を保有。フンセン首相もその能力にビックリ仰天させた男・・・・・・・・。写真向かって左の男、不肖山本のカウンターパートのピエロン車両幹部。カンボジア軍憲兵隊【Gendarmerie】の出身。拳銃の所持が許されているので、JICA立ち入り禁止地区にも同行し、車両整備教育を実施。本辞典は、カンボジア国立図書館、プノンペン王立大学のフンセン図書館及び日本のJICAの図書館に寄付したしてた。不肖山の『貧者の一灯』である。

 このケディーさんの命を奪った『ポル・ポト政権』とは、どのような政権であり、ポル・ポトとは、いかなる人物であるのか『興味津々』、機会があるごとにカンボジアの皆さんの意見を聞いたり、また本も読んだ。

ポル・ポトは、裕福な家庭に生まれ、フランスへ留学したエリートである。また学校の先生もしていた。ポル・ポト青年は、アンコール遺跡の前に立って考えた。かってカンボジアは、アンコール・ワット寺院に代表されるように、東南アジアの盟主であり、クメール文化の中心地であつた。今は、その面影が全くない。それどころかフランスの植民地になってしまった。ベトナムもタイも、共に我が国の国境を犯している。是非ともカンボジアに昔の栄光を蘇らせたい。ポル・ポト青年は『青雲之志』の高い青年であった。『世界に模範となる国を作ろう!』『祖国に貢献したい!』と。

パリに留学したポル・ポト青年は、マルクス レー二ン主義に興味を持ち、フランスの共産主義者の洗脳を受けて、共産主義の道に入った。

帰国後、ポル・ポト青年は、考えた。カンボジアには、メコン川の『豊富な水』と『肥沃な大地』と『燦々と降り注ぐ太陽』がある。これらを最大限に利用し、豊かな農業を中心とした社会主義国家を作ろうと思うようになった。つまり、農民の専制国家建設である。そこで得た結論は『メコンデルタの豊富な水と肥沃な大地を利用した“重農主義の共産主義国家ユートピア王国”を建設するというものであった。若きポル・ポト青年は『これまで人類が達成しえなかった、真の共産主義社会をカンボジアの国土に構築したい』という夢抱たのである。これを世の人は『重農主義に基づくユートピア共産主義社会』という。

ポル・ポト青年は、考えた。今のカンボジアは、ひと握りのプノンペン在住の特権階級や豪商等が贅沢三昧な生活送り、大部分の農民は、貧しい。これを是正し、全員がある程度平等に豊かになる必要がある。特権高級官僚や豪商は、生産活動に何ら貢献していない。排除すべし。

人間の社会には階級がある。これが為に支配者と被支配者が生ずる。『支配者が被支配者のピンハネする』。これも良くない!『階級制度をなくそう』と。

人間社会には、『お金』というものが有るので『ひと握りのお金持ちと大勢の貧乏人が出来た。その解決策は、『通貨のない、全国民が平等の国家の建設である』。お金と貧乏人の格差是正には、お金を無くせばよい。

僧侶や大学教授等の知識人は、何ら生産に寄与することなく、彼らは、悪賢い怠け者である。この『社会の寄生虫』を農業生産させ、『社会の益虫に変えよう』。『穀潰し』は、即『粛清』すべし。

つまり『肥沃なメコンデルタ地域の自然を最大限に活用した農業を中心とした、貧富の差のない、豊かな生活を送る国家を建設する』というものであった。つまり『超農本主義国家建設』ユートピアの世界であった。

ポル・ポトの政権の政策目標は、カンボジアの豊富な水田を最大限に利用した超重農共産主義政策であった。この農業政策には、大きなダムとこれを結ぶ推理網が必要不可欠である。これは、個人の力で出来るものではない。カンボジアは、雨季にしか水田に水がなく、日本と同じように一毛作であった。これをダムと『貯水池』と水路網を張り巡らせば、二毛作となり、コメの生産量は、一挙に2倍となる。余ったお米は、輸出して外貨を稼ぐ。ポル・ポトは、『自画自賛』己の考えに酔った。

貯水ダム

 ★ 多目的貯水ダム:農業用用水のみならず、洗濯や炊飯にもこの水を利用する。日本のODA予算で購入した日立山梨社製の潅木除去機27台は、先端のロータリーカッタをパワーシャベルを使用して、村役場の要請基づきい、このような多目的ダムも作られている。但し条件がある。潅木除去機の使用していない土日や休日等で、かつ燃料代は、村役場持ち。オペレータは、休日・祭日出勤で後ほどまとめて一括付与。単身赴任者は、郷里に帰る。何やら、陸上自衛隊の施設科部隊【工兵部隊】の部外工事と同じシステムである。不肖山本は、CMACのケムソファン長官と間違われ、この多目的貯水ダム申請書【クメール語で書かれていた】を受理したことがあった。長官曰く『ミスター・山本せひ受理しなさい。その代わり潅木除去機の燃料代500$をポケットマネーで出しなさい。『ヤマモト・ダム』と命名され、孫子の代まで感謝されますとのことであった。

オポル・ポトは、考えた。カンボジアには、日本の7倍の大きさのトンレサップ湖という湖がある。この湖は、メコン川とつながっており、メコン川の雨季と乾季の水位の差は、7~14mであり、これが為に、乾季と雨季では、トレンサップ川の流れは、乾季と雨季では、上流と下流が逆となる。そうだ、カンボジア全国をダムと水路網を構築して米を増産しよう。日本の田中角栄の列島改造論ならぬ、カンボジア国土灌漑水路網構築論を考え出しこれを実行に移すことにした。

この灌漑用ダムと水路網構築には、個人資金や力では、どう考えても実現不可能である。首都プノンペンには、大学教授や黄色い服を纏った僧侶やお金持ちの商人が沢山いる。これらの輩は、物の生産に直接関与していない。穀象虫のような『穀潰し』である。これらの『穀潰し』を農業生産に最大限活用しよう。このポル・ポトの超重農業政策に、猛反対する大学教授や知識人や医師と言った輩を、説き伏せ協力させることにした。従わない者は、抹殺すべし。

ポル・ポト青年は、帰国後、上述した理想郷を求めて、同士を集め、国づくりを始めた。そして国作りのための組織も立ち上げた。『オンカー』【農業を主とする共産党組織】と『クメール・ルージュ』【赤いクメール人】という、ベトナムやタイ等の侵略から国を守る組織である。

1976年4月、投票率98%の選挙で選ばれて、ポル・ポトは、首相になった。カンボジア国民は、日本と異なり、選挙の投票率が格段に高い。それに加えて、国家公務員の選挙活動も公認され奨励されている。上述したサムソタさんも、ラタナさんも、土日や休日を利用して,フンセン首相の選挙区周りのお手伝いをせっせと行っている。フンセン・ノート【フンセン首相の入った学生が使うノート】やフンセン腕時計【文字盤にフンセン首相の顔が描かれている】や灌漑用ポンプを貧しい地元住民に配るのである。このような選挙民に対するサービスで、フンセン首相は、28年間首相の座を守り続けて来た。涙ぐましい努力の賜物である。政治家たる者、猪木東京都知事の様に、5000万円を借用して、選挙に立候補しようとはしない。

政権奪取後の1975年4月、ポルポトの掲げた方針は、『超重農主義を具現する』というユートピア社会であった。

● 土地の私有化を廃止して集団農場にする。食事は、人民食堂で全員楽しく食べさせる。集団労働組織『サハコー』を立ち上げた。

● 都市の住民の農村への下向させ、農業に従事させる。

● 貧富の差を解消するため貨幣をなくする。貨幣があるから貧富の差が出てくる。市場を閉鎖する。

● 黄色い服を着た僧侶は、穀潰しであり、何ら生産活動をしていないから、彼らをコメ作りに従事させる。

● ロン・ノル前政権の首脳部の摘発と処罰する。親米派の大量処刑の始まりである。

● 国内のベトナム人の排除と対ベトナム国境の防衛重視

がしかし、この組織は、ポル・ポト熱きユートピア・の国家の建設の具現とは裏腹に、大暴走してしまうのである。悲しいことに、元教師であったポル・ポトは、選挙により選ばれて、首相になったものの、『オンカー』と『クメール・ルージュ』と言った組織に対する統率能力は、残念ながら皆無であった。

※ カンボジア民族統一戦線の誕生

1978年12月、上述した重農ユートピア政策に反対する『カンボジア民族統一戦線』が樹立された。

その活動要項は、

● ポル・ポト派を打倒し、人民民主主義の国を樹立する。

● 銀行の設立、通貨を発行、結婚の自由を認め、通常の家庭生活を認める。

● 子供は、国【オンカー】が育てるのではなく、家庭が面倒を見る。

● 学校や職業訓練校を建設し、宗教の自由を保障する。

というものであた。

中国は、全人代でポル・ポトの政権を支持。『ベトナムのカンボジア侵略に対して、ポル・ポトの正義の戦いを中国政府と人民は支援する』と発表すると、ソ連は、民族統一戦線を支持。そして、中国と鋭く対立したソ連が地雷や武器の補給や人員育成も含めて『この政権を全面的に支持した』。

因みに、不詳山本がJICAの長期専門家として、技術移転をするカウンター・パートの学歴がすごい。不肖山本がCMACに勤務していた、4年間に多くの人材が集まって来た。バッタンバンに日本のODA予算で建設されたCMAC中央車両整備工場長に、ソ連のロストフ自動車輸送・整備大学に7年間在籍のスーさん【現在、日本のコマツの社員】、ブラッシュカッター整備主任のブンティンさん【死亡】と輸送・車両幹部のサラさん【ニューヨーク在住】もソ連の機械工学学科に4年、更に車両整備幹部補佐は、カンボジア国内でソ連が設立した『自動車修理教習所』で教育を受けた人々が技術の習得に集まって来た。

ソ連製主力戦車T54/55

★ ソ連製主力戦車T-54。

日本国政府は、小渕恵三総理の時代から、多額のODA予算を使って、地雷除去機や地雷探知機や車両や地雷探知犬のドック・フードに至るまで支援している。毎年、このODA予算で購入した装備品引渡し式【Donation Ceremony】が、フンセン首相や日本国大使の出席の下、開催されている。その動員力がすごい、引渡し式の行われる場所によっても異なるが、その動員は、6000人~10000人である。これらの人々は、フンセンノートの配布を楽しみに遠路はるばるやって来るのである。そそて、この引渡し式の日時は、フンセン首相が、CMACのラタナ副長官と相談して、最も宣伝効果がある日に設定されるのである。

 

 

 

 

マーク貼り

★ 港でコンテナーから、ピックアップ・トラックを出して、CMACのマークと日本の日の丸の入ったODAマークを貼ります。

 

 

Peace building Course Sihanouk ville 136 (2)Donation Cermony

 

 

★ 引渡し式【Donation Ceremony】の為の輸送準備。この立派な、バイパス道路。日本国のODA予算で完成。立派過ぎて誰も通らない。カンボジアの人々は、立派な道路は、外国が作ってくれるものと思っている。不肖山本は、これらのピックアップ・トラックを港まで受領に赴き、梯隊を組んで、会場まで輸送指揮官。自衛隊勤務の延長勤務

です。

 ★ Donation Ceremonyの席で、小川郷太郎日本国大使より、フンセン首相にいすゞの『ピックアップ・アップ』トラックの鍵が贈呈された。【CMACトレーニングセンタ】←日本ODA予算で調達した給水トレーラ

 

 

 

 

Donation Ceremony 車

 

 

 

F-4地雷探知機を手に笑顔のフンセン首相

★   Donation Ceremony.【引渡し式典】日本のODA予算で調達したオーストラリア製F-4地雷探知機を手にして『満面の笑み』のフンセン首相。日本の大使もJICAカンボジア所長もフンセン首相から勲章をいただいて大喜び。住民は、フンセン・ノート【フンセン首相の顔入りノート】をむらって大喜び。このオーストラリア製地雷探知機は、カンボジア陸軍も使用している。【CMAC本部】

地雷除去機Bushcutterに乗ったフンセン首相

地雷除去機Bushcutterに乗ったフンセン首相

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★ 日本のODA予算で購入した世界に冠たる日立山梨の潅木除去機ブッシュカッター。当時、このの種の地雷除去機は、軍の地雷除去をする兵器とみなされていて、輸出することが出来なかった。しかしながら、地雷除去のための草木や潅木の除去であることから、輸出許可と相成った。不肖山本は、陸上自衛隊の装備開発実験隊の車両幹部として、勤務したこともあり、戦車や装甲車を整備していた。このブラッシュカッターが触雷して、故障修理に現場に行った。現場では、アタチメントを取り外して、直接地雷除去を実施していた。

CMACの引渡し式に参加

★ このフンセン首相もこられた、CMACの引渡し式には、地雷探知犬MDDも参加します。犬の食事代、1日当たり1$は、日本国民からの贈り物です。因みに、地雷探知犬のお値段は、一匹当たり、50万円~80万円程度です。主として地雷探知犬の命令は、スウェーデン語ですが、英語を理解する『バイリンガル・ドッグ』もいます。

剪定ばさみ

★ 地雷除去作業の70%が草刈や潅木の伐採作業です。これまでは、写真の様に剪定バサミでチョキチョキ草刈をしていました。最近は、草刈機も導入されており、日本のODA予算で購入したものがCMACにも沢山装備されています。

図2 (2)

★ 日立山梨の潅木除去機。地雷除去作業の70%は、木立を切ったり、竹やぶを除去したり、草木を除去する作業である。この作業が一挙に解決した優れものである。草刈機を超大型化したものである。アタチメントを取り替えて、パワーシャベルとしても使用することが可能である。貯水ダム建設等の建設住民の土木工事の要望で、休祭日に、CMACの隊員のボランティア活動で、かつ燃料費は住民持ちで、社会貢献することも多々ある。

 

この日立山梨の潅木除去機の開発に従事したこともある中込璋氏【JICA個人コンサルタント】とチームを組んで、目下『JICA地球ひろば』や『小学校』や『老人ホーム』で演題『罪なき子供たちのために対人地雷ゼロをめざそう』とか貧者一灯『平和構築支援』;『難民や退役軍人のための手に職を』とか『地雷探知犬物語』といった中込・山本が体験した国際貢献のお話や講話を実物模型やパワーポイントを使用して実施している。英語で実施出来るよう、英文のパワーポイントの資料も揃えております。

 

JICA個人コンサルタントの中込璋さん

 

 ★ JICA個人コンサルタントの中込璋さん。カンボジアのポル・ポト軍の拠点『パイリン』にて。この奥100mの赤色のポールは、タイ・カンボジアの国境線。カンボジア国内には、カンボジア人立ち入り禁止禁止の『カジノ』と『売春施設』がある。当時、パイリンは、『パイリン特区』といってカンボジア政府の権限の及ばない区域であった。無論JICAの要員は、立ち入り禁止であった。でもCMACの地雷除去の重点地区でもあり、カラシニコフ突撃銃を携行した憲兵隊の支援を受けて業務を遂行していた。

ボンブ・ロケータ

 

 ★ 地雷検知器は、地表面に埋設した地雷しか検知する事が出来ない。爆弾は、地表面でなく、深いところに潜っている。これが為に、開発された「爆弾探知機」の実用試験の一コマ。不肖山本が、大阪万博頃に勤務した、装備開発実験隊の知識技能が定年後に活用出来嬉しい!

 

この中込璋さん、世界126カ国余りを廻り、難民や退役軍人の職業訓練や地雷除去の支援をしてきた人物である。更に、上述した日立山梨の潅木除去機ブッシュ・カッターが、の国際基準【国連基準】をクリアーすべく奮闘努力した人物でもある。

この中込璋さんにCMACのバッタンバン州【地雷の多い州】に建設した中央整備工場の設計・建築をしていただいた。自衛隊に勤務していた際に、装備開発実験隊の『屋内実験場』や武器学校の『地対艦誘導弾整備実習場』等の予算要求をし建設経験を生かして、CMACの中央整備工場建設した。この工場は、カンボジアで最も大きな自動車整備工場であり、部品のない米軍のGMCトラックの整備も可能となった。このトラックの部品をカンボジア・タイ国境を越えて、タイ国に調達に行っていた。タイ陸軍がこのGMCトラックを装備しなくなったので、部品が無くなり、困っていた。

 

CMACの中央整備工場

 

 ★ バッタンバン州に建築中のCMAC中央整備工場。CMACの装備品、地雷除去機ブッシュカッタ、車両、オートバイ等の整備を実施する。自衛隊が使用し、その後タイ陸軍が装備し、その後米軍が、CMACが供与を受けて、整備しつつ地雷原を走行している。米軍製CMCトラックや!リッター当たり1kmしか走行出来ないソ連軍のZILトラックもこの整備工場で整備を実施する。カンボジア最大の整備工場である。このCMACの中央整備工場の工場長は、ソ連のロストフ輸送大学車両整備学科卒のスー工場と同じくソ連の機械工学科そつのブンテンさんが日立山梨製の潅木除去機の修理をするために建設された。中込璋さんには、この工場を建設する為に、16回もカンボジアに訪問して頂いた。

 

更に、驚くことには、この中込璋さん劣化ウラン弾の調査に山口那津男公明党党首と共にアフガニスタン行ったとのことであった。聞くところによると、劣化ウラン弾の調査で、6回もアフガニスタン行ったとのことであった。不肖山本は、ソ連がアフガニすた侵攻した時、陸上自衛隊の中央資料に勤務しており、この時期、初めてDU 【Deplated Dranium】shot is Silver shot.【劣化ウラン弾は、最高の弾薬だ!】『劣化ウラン弾』と命名したことを今でも良く覚えている。当時は、劣化ウラン合金は、大型ジャンボ機の尾翼のトリムタブやヨットのキール等、多様されていた。何も「アフガニスタンまで調査に行く必要はない。この山本にご相談してくれれば、アフガニスタンに投入された、兵器から「劣化ウラン弾使用の有無が解る』と。軍事知識皆無のJICAも無駄なことをする組織だと、JICAの長期専門家として、CMACの車両整備員の教育している時に思った。

山口さんの事務所には、大きなアフガニスタンの地図が掛かっており、吃驚仰天した。更に、山口さん曰く『僕先週は、アフガニスタンから帰って来たところです。そして来週からカンボジアの地雷除去の実用試験を見に行く。

『陸上自衛隊の装備開発実験隊に勤務した経験から、CMACに世界の地雷実用試験場にすると云う構想をラタナ副長官に提言して、この案件が日本の定例閣議の案件にもなったので、山本が随行してご案内したいところですが、航空券の予約変更も難しいので、今夜家に帰って、CMACのケムソファン長官とラタナ副長官にE-mail入れておきますから・・・・・・』と。

山口那津男公明党党首

 

  ★ 山口那津男公明党党首の議員会館事務所にて。この部屋の壁に大きな『アフガニスタン全土の地図』がかかれていた。地雷除去問題に最も造詣の深い国会議員。JMASの創立記念パーティーには、来賓として祝辞を頂いている。

 

 

中込璋氏 (2)

小学生に対する講話活動

★ 川崎市立南生田小学学校小学校6年生とPTAに対する国際貢献のおはなし会。今年度【平成25年度】の講話には、山田和秀校長の強い要望もあり『地雷探知犬』のお話も付け加えた。

 

今後も講話の要請があれば、可能な限り『国際貢献のお話』を実施したいと、考えております。これが私共の新年の抱負です。交通費と実費を頂ければ、何時でも、何処へでも出かけて講話をしたいと思っています。また別添の国際貢献のパワーポイント資料を本ホーム・ページよりローディングしてご活用下さい。連絡先;E-mail adress;  masaruyamamoto@jcome.home.ne.jp

 

話が、少々脱線しましたが、ポル・ポト首相の船出は、順風満帆であった。

そもそも、これらの組織は、当初、ポルポトが己の高き理想具現の為、既存の屁理屈を唱えポル・ポト政治手法に面従腹背のずる賢い官僚や議論百出の大学教授といった輩を排除するための『政治主導』を実行するために、温和な農民等を登用した。

しかしながら、これらの従順で温和な、農民も指導組織『オンカー』の一員となったり、武力集団『クメール・ルージュ』の一員となり、権力を持つと、これらの組織は、暴走してしまった。首相のポル・ポトをしても、抑えることが出来なくなってしまった。『組織の暴走』である。己の組織維持と拡大に血眼になり、国民や組織外の農民も蔑ろにした。そして『クメール・ルージュ』は、本来、自由主義を墓標するアメリカや隣国のベトナムやタイといった国々からの侵略から国を守るべき集団が、ポルポト首相の熱き思いと意図に反して『過激派集団』とあいなって、自国民を虐待したのである。

上述した『オンカー』と『クメルー・ルージュ』がやがて、夢多きポル・ポとの熱き思いとかけ離れて、大暴走していった。『オンカー』に異議を唱える者は、たとえ僧侶であろうとも次々に粛清して行った。『オンカー』施策に反対し、異議を申し立てる者は、全て粛清された。静粛を免れた者も、慣れない農業作業の過労と栄養失調で次々と倒れ、これをマラリアが追い打ちをかけた。その数、200万人とも250万人とも言われている。その正確な数は、不明である。

組織が暴走すると、とんでもないことになる。カンボジア国民の95%は、日本と同じ仏教徒である。日本が大乗仏教を信じるのに対し、カンボジアは小乗仏教である。カンボジア国内の寺院の数は、約2000、僧侶の数は約8万人。僧侶は、農業の生産には、なんの役にも立たず、黄色い服を着た穀潰しである。生かして於いてもなんの得にもならない。農作業に従事させるべし。お寺は、食料倉庫にすべし。

 

自信過剰のポル・ポトは、毛沢東主席の推し進めている「紅衛兵」と「自力抗生」を参考とし、オンカー組織を使って、重農主義政策を中心とした、完全共産主義国家建設を目指した。ポル・ポトの静粛を免れた多くの大学教授や医師も、中国土木技術者の指導する、『農業用の灌漑工事に伴う重労働』と『栄養失調』のために次から次と倒れてしまった。

一挙に国作りに走った。ポル・ポトの静粛を免れた多くの大学教授や医師も、中国土木技術者の指導する、『農業用の灌漑工事に伴う重労働』と『栄養失調』のために次から次と倒れてしまった。

この『革命組織』【オンカー】が国内政治・経済の全てを動かした。この革命組織は、農業生産重視のため、教育は不要となり、学校廃止命令がでて、学校も即廃止となった。しかし民主カンポチア政権は『子どもは国の宝物』国が育てると。なにやら『子どもは、国の宝。子供は、国が面倒を見る』と子ども手当を出したどこかの国と似ている。ポル・ポトは、このオンカー組織の政策に酔いしれた。そして、この組織が暴走したのである。

1974年、ポル・ポトは、中国の毛沢東主席の下を訪れた。その際に毛沢東は『君は、偉大なる勝利をおさめた』と絶賛し、ヨイショとポル・ポトを持ち上げた。そして、もっと共産主義の為に頑張れと『鼓舞激励』された。気をよくしたポル・ポト一行は、その帰り道に周恩来首相を表敬訪問した。この時、周恩来首相は、末期ガンに犯されていた。周恩来首相は、最後の力を振り絞って、こんこんと「共産革命に急いでやるな」と注意助言をしたものの、『有頂天外』のポルポトは、周恩来首相の忠告を聞く耳を持たなかった。

時を同じくして、中国は、中国に長期滞在していたシャヌーク殿下をカンボジアに送り返した。帰国後、オンカーは、シャヌーク殿下を即、王宮に幽閉した。これが為、カンボジアの多くの国民は、国王がポル・ポトを支持したと思い、多くの国民は、ポル・ポト側についた。

ポル・ポトが訪中の際に農業を振興するための『灌漑用水工事建設』- 農業用ダムと水路網建設の技術支援の派遣を求めた。これに答えて、大勢中国人技術者がカンボジアにやって来た。恩師と仰ぐ中国の土木工学技師は、技術的専門知識が皆無であり、もっぱら中国得意の『人海戦術』に頼った。多くのカンボジア人労働者は、中国土木工事技術者に牛馬の如くこき使われた為に多くの労働者が『過労』と『栄養失調』と『マラリア』で命を落とした。

『私の父も、農業用ダム土木工事で働かされ、栄養失調で死亡しました』と不肖山本の英語・クメール語翻訳兼運転手のラタナ・ソヒアップ君は、話す。因みにソフィアップ君のお母さんは、不肖山本と同じ年である。ポル・ポトが建設した水路の総延長は、地球の円周の三分の一の距離に相当する14,430kmと言われている。

ある時ソフィアップ君のお母さんと結婚式場で会った際に、訪ねたことがある。『8人の子供達を女手一つで育てあげるのは、大変でしたでしょう。尊敬します』と。不肖山本同じ年のソヒアップのお母さん笑って曰く『大したことはありません。子供達は、みなオンカー【国の組織】が育てくれました』と一言。日本に帰国後、親愛なる鳩山由紀夫総理大臣【不肖山本は、日高弾薬支処長の時、鳩山先生【自由民主党時代】には幾度となくご指導を賜った】が、民主党の『子どもは、国の宝。国が面倒を看る。子供手当増額!!』と聞くたびに、なにやらポル・ポト政権のパクリ政策ではないかと思ってしまいました。

カンボジアで生産された美味しい『お米』の大部分は、中国に輸出された。国民は、美味しいお米を口にすることはなかった。見返りとして大量の地雷と武器が、わんさと送られてきた。ふと、平和国家スイスのエリコン・コントラベス社の75mm双連機関砲設計者が言ったことを思い出した。『山本さん、日本は食料安保と言って、戦争状態となって外国から食料が輸入されないと困ると言っていますが、農産物の自給率を上げると言っていますが、そんな心配は無用です。『世界に冠たる兵器生産能力を保持し、武器輸出できる能力を保持』していれば、有事の祭、この優秀なダントツ兵器を得るために、向こうから食料を日本に持って来ます』と平和国家を墓標するスイスの兵器開発者語った。

1977年9月29日、北京で華国鋒主席とポル・ポトは、会談を実施し、フランスやアメリカが成し得なかったベトナムを打ち破ることが話し合われた。中国は、軍事顧問団を派遣し、地雷等の武器を供給し、カンボジアは、見返りとして、中国にお米を送ることに相成った。そして、大量の地雷等の武器がタイを経由して、カンボジアに送られて来た。

カンボジアで作られた『お米』は、中国製の地雷にとって代わり、カンボジア国民の口に入ることはなかった。この中国製地雷には、地雷除去防止機構を備えた、テキサスインスツルメント社の7ピンの超ハイテック地雷も含まれていた。一旦、この地雷を埋めたら最後、除去するために地雷を傾けると金属球が転がりスイッチが入り起爆するというもので、誠にもって『非人道的地雷』である。

時を同じくして、ポル・ポトの反対勢力が『ポル・ポト打倒!』をスローガンに謀反を起こした。そして、隣国のベトナムに助けを求めた。ベトナム戦に勝利を収めたベトナム軍は、これに応じてカンボジアに攻め入った。この時、ソ連もまたこれまでどうり【ベトナム戦で北ベトナムとベトコンを支援していた】兵器の支援をした。そして多量のソ連製『地雷』をベトナムに支給した。この結果、世界に類まれなる『猿蟹合戦』ならぬポル・ポト派の埋めた『中国製の地雷』とベトナム軍の埋めた『ソ連製地雷+ベトナム製地雷』の熾烈な類まれなる地雷埋設大合戦が起きた。

地雷・不発弾汚染地図 (2)

★ ポル・ポト軍は中国製地雷を、ベトナム軍はソ連製地雷とベトナム製地雷を埋めた。ジュネーブ条約に基づけば、交戦中に地雷を埋めた場合には『地雷埋設計画地図を二部作成し、一部は作戦で使用し、他の一部は、戦争後の地雷除去作業を容易にするために保管することになっている。がしかし、ポル・ポト軍もベトナム軍もこのようなことをしなければならないと言う国際条約の知識すら持ち合わせていなかった。

この地図は、CMACの地雷調査チームによって、地元の住民や元政府軍兵士や元ポル・ポト軍兵士の証言に基づき現地調査した結果に基づいて制作されたものである。

UNTAC【国連カンボジア暫定機構 United Nations Transitional Authority in Cambodia】の調査によると、「1970~1975年の間に、中国やソ連やベトナム等から地雷を900 ~1,000万個を輸入し、これらのうち400~600万個を埋めた」と言われている。その差は、何処に消えたのであろうか?今持って不明である。この証言、フンセン軍として戦ったケムソファン陸軍中将の証言だけあって重みがある。

この話には、後日談がある。自衛隊でタイ語の研修をした後、タイ国の防衛駐在官の経験があり施設科職種であったJMASのカンボジア総括代表の渡邉榮樹さんの意見によると「中国~タイ~カンボジア」の地雷を輸送中に、タイ陸軍がパクッタとのことである。タイ国の防衛駐在官を長年勤務しただけあって、不肖山本は「納得」。因みに、施設科とは「工兵」のことであり、地雷を埋たり、除去したり、橋を架ける部隊のことである。ポルポトの死亡地アンロンベンのすぐ近くには、プレビヒアー寺院があり時々、国境紛争が起こり、銃撃戦や迫撃砲弾が飛び交う。

中国製対人地雷72式A型

★ 中国製対人地雷72式A型の実物カット模型。金属部軍は、雷管と擊針部分【写真中央】であり、地雷探知機で検知するのには、極めて難しい。

中国製対人地雷72式B

★ 中国製対人地雷『72式B型』の実物分解写真。この地雷、日本の吹きこぼれ防止式炊飯器のアイデアをパクって、米国のテキサス・インスツルメンツの7ピンのLSI(Large Scale Integration)大規模集積回路を使用して、地雷を傾けるとパチンコ玉のような剛球を利用した起爆装置が作動して爆発する。つまり、地雷除去防止装置付き対人地雷で、デマイナー(地雷除去員)が最も恐れる非人道的地雷。これを地雷探知機やプロッダー【Plodder突き刺し棒】等で確認すれば、その場で爆破処理。

 このテキサスインスツルメント社製LSIを、カンボジアで見て、ふと、陸上自衛隊の武器学校の誘導武器科の教官をていた時のことを思い出した。天下の東芝が開発した短SAMの『LSI基盤』の被弾故障を発見修理を実施する機材教育をていた頃のことである。国会議員の石原慎太郎さんが『我が国の最先端技術のLSIが無いと米国のミサイルや戦闘機や艦船の電子機器が無いと、米国のこれらの兵器が使えないと持論を展開していたが、・・・・その実、世界に冠たる短SAMを修理するショップの外観「箱」は、日本の東芝製であるが、その中ので使われている機材のLSIは、民需品ではなく「規格が厳しい軍用規格の台湾製であった。この時、石原さんに、日本の防衛は、『台湾』がないと成り立たないと言っていただきたかった。上記写真を撮った時のCMACの不発弾処理幹部は、台湾の会社にリクルートされたとのことである。

る思い出したことがある。

Type72

★中国製72式対人地雷。左側:72式A型丸型安全ピン付き対人地雷、右側:72式B型三角形型安全ピン。埋設時、これらの安全ピンを抜くと、外観上72式対人地雷A型か?、72式対人地雷B型か?区別が出来ない。全く厄介な対人地雷。因みに、72式A型地雷の鉄の部分は、信管の擊針部分のみである。その大きさは、画鋲の針先程度である。

その他の72式対人地雷の主要諸元;作動圧力は、3~7kg。72式B型は、10度傾けると、金属製ボールが動き出して電子起爆装置が作動する。製造会社:北工業社。

因みに、中国製対人地雷72式B型の様に地雷除去防止機構付きの地雷の除去は、どのようにして処理するかといえば、左の図の様に、その場で、地雷に触れたり、動かすことなく、少量の爆薬を使用して、爆破処理をするのである。

プロッダー(突き刺し針)

 ★ 地雷探知機で金属反応の出たところ、や地雷探知機犬が『お座り』【Shit】した場所の地雷確認判別は、プロッダー【大きな針で地中を突き刺して、地雷の種類を判別する道具】で実施するのである。

 Femail Deminor

★ デマイナーの右手にあるのは、TNT爆破薬、赤いコードは、導爆線。この赤い線に、電気雷管若しくは非電気雷管を付けて、遠方より爆破をする。

ソ連製対人指向性地雷平和構築 120

★ ソ連製指向性対人地雷。警察が一般農家から押収。その目的は、『牛泥棒を防ぐために使用』とのこと。CMACのトレーニング・センター(地雷除去の訓練や不発弾処理の訓練を実施する学校)で訓練用教材として爆破処理された。

保有国地雷

 ★ アメリカの地雷に対する方針をカンボジア駐在の駐在武官に聞いた。駐在武官曰く、我が軍の最高司令官のブシュ大統領曰く『米軍の最高司令官として、我が国の兵士を危険に陥れるような地雷廃止には、反対である。しかしながら、地雷が無辜の一般人をも危険に陥れること考えると、地雷廃止には反対せざるを得ない。従って、米国は、一般市民の地雷対処には最大限支援をしていると。事実、米国のカンボジアに対する地雷除去対策支援費は、日本を上回って、世界第一である。これに対して、中国やソ連は、皆無である。

このベトナムのカンボジア侵攻に中国は、烈火の如く怒った。中国は、ベトナムに対し『可愛い共産主義の国、カンボジアをいじめるとは、何事か!ベトナムにお仕置きをする!』と言うことで、1979年1月17日、中国は、約14万の人民解放軍が中越国境を超え、ベトナムに侵攻した。中越国境に近い、ベトナムの町、ランソンとドンタンは、中国人民解放軍に徹底して破壊され略奪されてしまった。これを世の人は『懲罰戦争』と言う。迎え撃つベトナム軍の行動は、素早かった。ベトナム郡は、皆『千軍万馬』歴戦の勇士であった。世界で最強と言われた米軍相手に戦った経験を持つ軍隊である。その上、ベトナム戦で鹵獲した兵器やソ連製兵器で武装していた。このベトナム軍に対し中国は、お得意の『人海戦術』で戦ったものの『死屍累々』『流血山河』と相なつた。6万人以上死傷者を出した。世の人は、この懲罰戦争のことを『中越戦争』という。なんと中国人民解放軍は、ベトナム軍にコテンパーにやられてしまったのである。何やら、日本のおとぎ話に出てくる、桃太郎の鬼ヶ島征伐に出かけたものの、桃太郎は、赤鬼・青鬼の捕虜になってしまったと言う、締まらない決末になってしまった。大国『中国のメンツ』が潰れた日であった。この時、不肖山本は、陸上自衛隊の中央資料に勤務し『中越戦争』の情報を収集していた。

孫子曰く:

【原典】『主不可以怒而興師』

【訓読】主は、怒りを持って師を興すべからざる。

【和訳】主君は、怒りに任せて軍を起こすべきではない。

【英訳】Lord should not raise the army because of anger, and also should not start the war becaus of resentment.

中国の人民解放軍は、不勉強で孫子の兵法を学習していなかったのである。『中越戦争』を始めたことを『孫子の兵法』の著者、孫武は、お墓の中で知り、現在の中国首脳部のテイタラクぶりに、激怒した。同時に、孫武は、『呉越同舟』の意味すらも知らない、人民解放軍総司令官の無知蒙昧ぶりに呆れ返った。

同じく『三国志』【Three Kingdoms】でお馴染みの軍師諸葛亮も、現在の中国の首脳陣は、『七縦七擒』の意味を理解していない、困った輩であると、墓の下で嘆き悲しんだに相違ない。因みに、『三国志』によれば、軍師諸葛亮が、南蛮国【越南Yuht Naahm】の孟徳国王軍を盤蛇谷【ばんだこく】に於いて、火炎地雷を持って撃滅したこととなっている。つまり、地雷の発明は、軍師諸葛亮の発明であると三国誌に書いてある。

つまり、孟徳は、諸葛亮に7回戦いを挑み、7度敗れ、遂に諸葛亮帰依した。そして、諸葛亮が越南を去る時、孟徳は、孔明との別れを惜しみ、国境まで同行し別れを惜しんだと言われている。『三国志』の

そして、中国は、この惨敗した『中越戦争』の教訓を元に、軍の兵器近代化を計ることになったのである。

話は、少々、脱線しましたが、ポル・ポトの粛清に生き残ったカンボジアの医師の数は、何と、全国でたった8名だとのことである。CMAC本部に勤務する女医や地方の6個の地雷除去隊【DU;Demining Unit】のドクター【医師】の一致した意見である。彼ら曰く「当時、我々は、医者ではなく、『インターン』でしたので粛清を免れました。幸運であった』とのことであった。そして医学生の約200名が現在のカンボジアの医療の第一線を支えているとのことであった。

CMACの各地雷除去隊【DU】に所属しているドクターは、とても忙しいのである。CMACの隊員の病気の治療や点滴、地雷探知犬の健康管理、地雷除去現場に分派常駐している「応急救助隊員」の事故時の救助指導、地雷除去作業現場駐屯地付近のマラリア予防等、日本の医師とは、作業内容が大いに異なる。

ある時、ドクターの事務室兼治療室に行ったと時のことである。ドクターの机の上に『木彫りの男根』が置いてあった。『興味津津』机の上にドンと置いてある理由を訪ねた。ドクター曰く、「住民に対するCMACの『地雷の被災防止啓蒙教育』と連動して『エイズ撲滅運動』を地方で実施している」とのことであった。CMACでは、地雷や不発弾で死亡する事例は、なくなったものの、毎年4~5名程度の隊員がエイズで死亡している。特に親切にされた護衛警備員や教育した整備員や仕事を共にしたものがエイズや交通事故で亡くなったと聞くととても悲しいのである。

DU医官の目の治療123

★ Demining Unit #1【第一地雷除去隊】の医務室に救急車で運び込まれたデマイナー【地雷除去員】

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 ★ 2006.5.24 DU#1【第一地雷除去隊】のデマイナーが地雷除去中に中国製対人地雷’72式B型の処理時に爆発事故を起こし、DU#1の医務室に、CMACの救急車で運びこまれた。プロテクターを付け、やバイザー付きヘルメットを被っていたため、大事には、至らなかった。がしかし、SOP【地雷除去作業規則】道理正確に身に付けていなかったため、ヘルメットとバイザーのちょっとした隙間から爆風が入り込み、両目に、対人地雷の鉄片クズが両目に目に突き刺さった。その応急処置をDU#1の医官は、強力な磁石を使用して、目から鉄片を取り出し、デマイナーが失明することを防いだ。あいにく、眼帯がないので、応急処置として『ガン・テープ』が使用された。不肖山本も『目に鉄片が刺さり六本木眼科に掛かった経験がある』が、その教訓が生かされるとは、夢想だにしなかった。

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★ CMACのパッタンバンの中央車両整備工場の境内に展示してある日本のODA予算で購入した、地雷の被害を受けた車両(向かって左)とこの車両に乗っていたサイト・マネジャー。サイトマネジャーとは、地雷除去小隊を複数運営管理する分遣隊長のこと。

世の中には、幸運な人も多い。CMACで日本製のピックアップ・トラックに乗って、地雷原を走行中、対戦車地雷に触雷した人もいる。この車両を運転していた運転手も助手席にいたサイト・マネジャーも助かった。左側は、対戦車地雷に触雷し爆発したものの、対戦車地雷は、戦車の底板を突き抜け『乗員室』や『砲塔内部』を破壊するように設計されているので、少し離れた所で車両を運転していた運転手と車長は、助かったのである。

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★ CMACの第一地雷除去隊【Demining Unit #1】の地雷除去員や不発弾処理隊員等のほぼ全員は、日本国のODA予算を使用して、給与が支払われている。毎月、給料日になるとバッタンバンのDU#1の事務所に来て会計幹部から直接給料を帳簿にサインして受領する。皆さん全員曰く『日本国の支援には、とても感謝しています。カンボジア政府の様にお給与が1~3ケ月遅配されることがない』と。

ポル・ポトの組織、オンカーは、ポル・ポトの思いとは別に、暴走していった。ポル・ポトの政策に異議を唱える者や反対する者に、情け容赦なくリンチを加えたり、粛清していった。カンボジアは、奴隷国家となって行った。ユダヤ人を大量虐殺をしたヒットラーや政敵の大虐殺をしたソ連のスターリンと肩をならべる大悪人となってしまったのである。カンボジアのシェムリアップ博物館の展示絵より。

アンロンベンにて

アンロンベンにて

★   カンボジア・タイ国境のポル・ポトの残党の最後の根拠地アンロンベン。“Pol pot was sentenced here” “Please help to preserve this historical site. Ministry of Tourism”と青地に白字で書かれていた。ポル・ポトは、ここでかっての部下【参謀総長】タ・モックに裏切られて、ここで人民裁判にかけられ、『終身刑』を言い渡された。終身刑を言い渡されたポル・ポトは、粗末な小屋に幽閉された。ポル・ポトは、この部屋で、口から泡を吹いて死亡していたことから、服毒自殺したとされている。

死亡した祭、ポル・ポトは、白い髪を『真っ黒に染めて』いた事から、偽装してアンロンベンカら国境を越え、隣国タイに逃亡し、そこから中国へ行こうとしていたとも言われている。

元々、ポル・ポトは、持病の心臓病がストレスで悪果し、この時奇しくもフンセン軍【政府軍】に包囲された祭、政府軍の迫撃砲の弾着音に驚いて、その時のショックで死亡したと言う説もある。

東洋のヒットラーと揶揄されるポル・ポトの死体は、即、だびに付された。タ・モック曰く「ポル・ポトは、今や肥やしいかの存在となった」と。そして、ポルポトの遺体は、ゴミやタイヤと共に燃やされた。黒い煙があたり一面に立ち込めたと言われている。ここから1km先は、カンボジア・タイ国境。

200万人もの国民を大量虐殺【栄養失調や過労も含む】を実施したとされるオンカー組織やクメール・ルージュ軍の崩壊に伴い、カンボジアに平和が訪れた。クメール・ルージュの国際法廷が開かれることになった。

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丁度この頃、名古屋経済大学法学部助教授の四本健二 法学博士から、山本賢様『謹呈』と書かれた『栞』の入った一冊の本が送られて来た。題名が『カンボジア大虐殺は裁けるか』(クメール・ルージュ国際法廷への道)と書かれていた。そしてUNTAC【United Nations Transitional Authority in Cambodia 】国連カンボジア暫定機構の明石康さんの推薦の言葉も添えられていた。そして、そみ進んで行くと・・・・・本書の出版にあたって、元・元陸上自衛隊幹部自衛官で『山本賢の軍事英和辞典』(自衛隊援護協会)の著書があり、現在は国際協力機構【JICA】長期派遣専門家として地雷除去活動センター【CMAC】に勤務されている山本賢さんに助言をいただいた。この場を借りてお礼申し上げたい。と書いてあった。単細胞の山本の無上の喜びである。

 CMACに勤務していた時、日本大使館の「草の根」関係者やJICAカンボジア事務所の方々から、カンボジアに研修等に来られた方々に対する、地雷処理現場の見学やCMAC本部での地雷・不発弾標本展示説明依頼が多々あった。この時は、パワーポイントで、カンボジアの地雷の特色を説明する際に、ポル・ポトの上述したような内容をふんまえて事前説明をするのを常とした。そして、カンボジアに於けるJICAの長期専門家として、カンボジア国憲法の制定作業の指導された四本さんのことを例に挙げて以下のような説明をすると、皆さん、さもあらんと頷いて、四本さんの国際貢献を高く評価した。

日本国民は、現在の憲法のことを『マッカサー憲法』と呼んでいますが、ここカンボジアにおいては、新しいカンボジア憲法のことを『ヨツモト憲法』と読んでいます・・・と話すと。

この四本さん、美人の奥さんを連れて、よくRaffles Hotel Le Royalのプールに泳ぎに来られていた。アフガニスタンの戦後復興に日本の緒方貞子さんが戦後復興に努力している頃、これまで地雷除去活動支援をしていたJSCCの作業を諸般の事情から急きょJMASが引き受けることになった。早速、土井和尚から、大至急英語に翻訳せよとの依頼が来た。英訳したJMASのアフガニスタンに於ける地雷・不発弾処理事業開始にあたっての従業員服務規則の英文の法的添削をお願いした。この『アフガニスタンの地雷・不発弾処理の業務規則』【英文】の指導を受けた際、下記のように言われたことをいまも鮮明に覚えている。

JMAS地雷処理作業の現地従業員雇用【北部同盟軍の軍人雇用】にあたりタリバンの潜入を防止する為に、・・・・・・・「JMASの従業員は、戸籍謄本を一通提出するものとする」・・・・・・・・・・とあり、これを英語に翻訳していた。

四本さん曰く『アフガニスタンには、カンボジアと同じように『戸籍謄本』というものはありません』と。

この四本さんの今年の年賀状には、『昨年11月に亜紀書房から出版した『独裁者のためのハンドブック』【四本健二&浅野宣之共著】ー The Dictator’s Hand book ーの翻訳本ーを出版しましたと書かれており、カンボジアのシェムリアップで美人の奥様との写真が添えられていた。。

そしてJICAの図書館・地球ひろばのある研修所に、JICA個人コンサルタントの中込璋さんのお供をして総務部長に新年のご挨拶にお伺いした、その帰りに週刊誌『AFRA:アエラ』2014, 1.1号に、『独裁者の為のハンドブック』の記事が載っていた。驚いた!ビックリ仰天!であった。

紹介者は、なんと、マスコミでロシアの怪僧ラスプーチンRasputionと揶揄されている元外務省職員でロシア語に堪能な佐藤優さんであった。彼曰く『古今東西の100を超える独裁者と組織をケース・スタディーとして取り上げ、カネとヒトを支配する権力構造を解き明かした、新視点の読まずにはおられない本であるとべたほめの記事で紹介されていた。無論、『大きなカラー写真付き』の本の紹介であった。参考までに、ラスプーチンとは、農民出身でありながら出世して、ニコライ2世の国政に深く関与した怪僧とされている。

日本の書物には、ポル・ポトのことを『東洋のヒットラー』独裁者だと紹介されていますが、不肖山本は、ポル・ポトは、中国にヨイショと持ち上げられた自信過剰な、組織を管理運営する能力のない理想主義であると思っています。

trip with KHEM SOPHOAN 294

 ★ アンロンベンにて、カンボジア陸軍、F-4地雷探知機を使用して、アンロンベンへの道路沿い付近の地雷処理作業。陸軍地雷除去隊員の多くは、CMACのTraining Centerで教育を受けた。

 カンボジアのPKO専任部隊の正門。乱立する大旗。

 ★   カンボジアのウドンにある国際貢献専門部隊の正門。『Institute For Peacekeeping Force Mine and ERW Clearance』と英語とクメール語で書いてある。ERWは、 Explosive Remnants of Warの略語。『爆発性戦争残存物』、若しくは『不発弾等爆発性戦場遺棄物』のこと。 ウドンは、日本の『うどん』【ヌードル】発祥の地とか・・・・・・・?ERWなる用語は、CMACが他国からの支援を得るために新たに考えだした略語であり、日本語の『不発弾等』に相当する。

 JMASカンボジア現地事務所長渡邉さん

 ★ JMASの渡邉榮樹カンボジア現地総括代表と共に、カンボジアのPKO専門派遣部隊NPMECの正門で撮影。カンボジアのウドンにある、この門の看板には「Institute for Peacekeeping Force mine and ERW clearance」(地雷及び戦場遺棄爆発性物処理派遣軍機構)と書かれていた。ケムソファン陸軍中将から頂いた、分厚い”NPMEC Magazine”や南スーダン等に地雷処理に派遣された『五年間の実施報告と戦略目標』によると、色々な国際貢献をしていることが伺われた。NPMECとは、National center for Peacekeeping force, Mine and ERW Clearanceの略語で、『地雷及び爆発性戦場遺棄物【不発弾等】処理の為の平和維持部隊国立センター。

フンセン首相とCMAC長官小渕総理 (2)

★ カンボジアの現地でJMASが地雷フェスティバルに参加した時のことである。フンセン首相首相がこのJMASのブースを訪れた。対応に出た現地代表の渡邊直樹さんに、開口一番、地雷処理に造詣のフンセン首相曰く『俺と小渕恵三恵三総理と一緒に撮った写真が無い!』と言ったそうである。かってタイの駐在武官で日本大使館に勤務した経験もあり、プロトコル【儀典:国と国のエチケット】にことの他詳しいわたなべさん『日本の首相の写真展示をする際には、『外務省の許可を取る必要があるとのことでした』。フンセン首相は、下記の写真を展示することを望んでいたかもしれない。不肖山本が、CMACに訪問された時に使用していた、パワーポイントの資料を以下展示説明致します。

フンセン首相と笑顔で握手するケムソファンCMAC長官。共にポル・ポト軍とパイリンやアンロンベンで戦った戦友である。フンセン首相は、元々ポル・ポトのクメルージュの一員【参謀長兼副司令官】であったが、大量虐殺に反対をし、袂を分かち、ベトナムに亡命。ベトナム軍と共に、カンボジアに攻め入り、ポル・ポト軍を追い詰めた人物である。この時の振幅の部下が、カンボジア陸軍のナンバー・ツーのケムソファン副長官であった。

この長官のお供をして、良く、タイ・カンボジア国境付近に展開するCMACの地雷除去現場の視察にお供をした。道に迷って彼方此方さまよった経験もあった。長官曰く『昔と風景が変わってしまっている』と。

フンセン首相と小渕首相

 ★ フンセン首相自らカンボジアの地雷除去に付いて、小渕恵三恵三総理に説明。フンセン首相は、地雷問題に付いて造詣が深い。小渕恵三総理も防衛庁や国防屬の反対を押し切って『オスロ条約加盟』しただけあって。両首相意気投合。不肖山本は,この時『地雷』の信管や地雷の訓練用火工品を製造していた『昭和金属金属工業』の本社工場の工務課長をしていた。

地雷標本説明

★ 小渕恵三総理大臣に地雷標本を説明するケムソファンCMAC長官。

新しいイメージ

 ★ この写真の向かって左より、小渕総理の婦人、小渕恵三総理、フンセン首相,フンセン首相婦人。最右翼は、ソッカン官房長官。地雷処理現場視察の一コマ。不肖山本は、フンセン首相の美人の奥様をプノンペンの日本料理店『銀河』で見たことがある。島田賢太郎と食事をするために注文したお寿司が待てど暮らせず出てこなかった。のこのこ歩いていったが、ウエイトレスがひとりもいない。店員全員が大きな一室に入っていた、何事かと聞いたところ『フンセン首相の奥方が大勢の女性陣を引き連れてお寿司を食べに来ている』とのことであった。

銀河の従業員曰く『この美人奥様、大変嫉妬深く、主人が美人の方と浮気をしたときに、浮気のお相手の顔に『硫酸』をかけた』と。

小渕総理とフンセン首相

★ 小渕恵三首相とフンセン首相、二人仲良く、地雷及び不発弾の爆破処理の点火実施。

大型爆弾の爆破

★ 点火用意! 3 2 1 点火。『ドドン!』。 小渕恵三総理大満足。これぞ、カンボジア流の『お・も・て・な・し』。これで日本支援間違いなし。そして、プノンペン~シャヌーク・ビル【港】までの国道一号線が日本の支援で開通。カンボジアの人は、国道一号線のことを、『小渕道路』と呼んでいる。

地雷使用禁止条約調印をした小渕恵三総理の他にも、地雷除去禁止問題に造詣の深い政治家も日本には沢山います。このような方々に対してカンボジア政府は、丁重なるプロトコル外交を展開します。CMACは、ケムソファン長官やラタナ副長官が自らブリーフィングを行い、地雷原で展開中の地雷除去活動現場に赴き説明をします。無論、TV等のマスコミも招集いたします。最大限の『お・も・て・な・し』をしておりました。

町村

 ★ CMAA【Cambodian Mine Action and victime Authority】カンボジア地雷除去活動及び被災者救済局の事務局長のサムソタさん主催の国際会議に出席した、笑顔満面の日本の町村信孝外務大臣とフンセン首相。

水浴び

 ★ カンボジアの元気な子供達。子供は水遊びが大好きです。水は、日本の川のように綺麗ではありません。

歌会初め水浴び

 ★ この直後のことである。毎年、宮中で開催される伝統の新年歌会始めにおいて、渡邉さんは『プノンペン在住の方からの歌ですと紹介された。♫~『子らは浴み 岸部に 牛が草を食む こぞの我らが 地雷処理あと』♫~と天皇陛下の前で、和歌を演じられた。 我々が、十年前に始めた地雷・不発弾処理の国際貢献が初めて天皇陛下に認めたれた一瞬であった。

地雷探知犬の水泳訓練

★ CMACの地雷探知犬は、綺麗なプールを使用してフィットネス訓練をします。日本のODA予算で購入した、一日1$の美味しいドッグ・フードの食べ過ぎです。因みに、犬と共に入校したDog handlerの食事代も1日1$です。

地雷探知犬の墓

★ CMACのTraining Centerの奥まったところに、ウエスタン・スタイルの『靖国神社』がある。カンボジアの地雷除去活動中に武運拙く倒れた地雷探知犬が、ここに埋葬され、霊が祀られてている。『羊頭狗肉』。犬の肉を食べる中国や韓国は、このような神社を建てて、カンボジア国家の安全の為に命を落とした地雷探知犬の霊を祀ることはしない。次回、安倍晋三総理がカンボジアを公式訪問をする際には、靖国神社と同じく、犬のお墓をお参りしていただきたいと単細胞の山本は、思いおました。

日本のイルカ漁にクレームを付けた、駐日アメリカ大使のカロライン・ケネディさんも喜ぶに相違ない。因みに『人間は、防護服やバイザーを付けているが、地雷探知犬は、何も防護着を付けていいない!CMACは、早急に対策を講じるべし!』との献金大口ドナーや会計検査で指摘され、Logistic Advisor【兵站・後方支援アドバイザー】たる山本は、この対策苦慮した。これに対して、ラタノナ副長官の英断とは、『地雷探知犬と共に緊張感を持って勤務すれば、事故は、起きない。安全である』と。そして、この日から地雷探知犬調教師【Mine Ditection Dog hundler 】は、プロテクターとバイザー付きヘルメットを付けなくなった。そして、多くの西洋のドナーから多額の資金を受けられることになった。

Dogset at TC

★ 地雷探知犬班の人員装備と犬です。犬は暑さに弱いので、日よけパラソルとお水と冷房の効いた車両が、必要不可欠です。

MDD in pilin

★ 地雷の隙間から僅かなニトロ基NO2【火薬の匂い】を発見!。これから『お座り』をします。

 DSCN4484 (2)

★ 犬と調教師は、運命共同体となりました。

いざ南スーたんへ、元気溌剌

元気溌剌、いざ南スーダンへ。カンボジア陸軍中将ケムソファンさんから頂いたパンフレットの表紙から。

 

★ 2006.2.13 カンボジア王国の地雷除去活動PKO部隊の隊員135名が、国連が実施するアフリカのスダンへの地雷除去活動に初めて参加することになった。フンセン首相の長年の希望が叶えられた日でもあった。カンボジア王国の初のPKO部隊の派遣の出陣式である。行き先は、アフリカの地雷汚染大国のスダン共和国である。カンボジアの負の遺産である地雷がプラスになった瞬間である。

不肖山本カウンター・パートである、車両幹部サラさんの所に来て、PKOに参加することになった隊員曰く『ウレシー、お給料が月50$から、月5000$を国連から頂けることになった。カンボジア陸軍の工兵部隊に地雷除去技術を教えた、CMACの教官は、口を揃えて曰く、『私も、スーダンに行きたいです』と。山本答えて曰く『アンタは、鉄砲を撃っことが出来ないからCMACの人は、ダメ!』と。因みに、CMACのデマイナーの月給は、163$である。学校の先生やおまわりさんの給料、50~80と比べると、高額である。但し、勤務時間は、4時間程度。

カンボジアPKO専門部隊 スダンPKO

 

trip with KHEM SOPHOAN 289

★ 向かって左端のサングラスの男、サラさん。CMACの輸送・整備幹部で、不肖山本のカウンターパート。ソ連の工科大学機械工学科卒。奥さんは、米国大使館勤務。この直後、奥さんが世界銀行にご栄転。月給6000$。サラさんも渡米。迷彩服は、カンボジア陸軍工兵隊の戦闘服。JICAカンボジア事務所の女性職員達曰く『私も世界銀行に行きたいワ!』

参考までにカンボジアPKO部隊がスーダンに派遣する前の事前訓練について述べると:

● 事前調査 及び 地雷除去訓練

● 不発弾処理訓練【IED ; Improvised Explosive Device 即席爆発物除去訓練重視】インド陸軍が指導

● 緊急患者後送訓練

● GMCトラック車両整備訓練

● 水の浄化訓練

● パットダウン訓練【不審者の所持品検査訓練】米軍とインド軍が指導

● トヨタのピックアップを使用した武器弾薬操作訓練。米軍とインド軍

● 駐屯地や検問所を守るための『暴動鎮圧』訓練。米軍とインド軍が実施。

● GMCトラックのゲリラ襲撃対処訓練。米軍とインド軍が実施。

● 住民に対する地雷・不発弾の啓蒙教育。

 GMCトラック (2)

★ 米陸軍GMCトラック。このトラックは、米陸軍のトラックでかって陸上自衛隊が使用していた。不肖山本は,このトラックを使用して、宇都宮の自衛隊で大型運転免許証を取得した。また、自衛隊の武器学校で整備教育を受けた。日本の自動車産業の発達に伴い、国産車を使用することになった。お役御免となり、ピカピカに整備と塗装を施し、米国に返納した。米国政府は、このGMCトラックをタイ陸軍に再供与した。やがてタイ陸軍も豊かになり、米国に供与した。そして、米国は、カンボジア地雷除去センターに供与した。米国政府の唯一の条件は、地雷・不発弾処理のNGOが使用することを希望するならば『無償で貸し出すこと』が条件である。CMACの車両整備整備員は、このGMCトラックが故障した際には、第一優先順位で修理を有する。但し、実費は、それぞれのNGOが支払うものとする、MAGやHelo-trustは、このトラックを使用していた。

ソ連製ZILトラック

★ CMACは、GMCトラックの他にソ連軍の装備していたGAZ【Gorkovski Automobility Zavod】やZILトラックを若干装備していた。この車の最大の欠点は、1リッター当たり1Kmしか走行出来な代物です。かって私が陸上自衛隊の中央資料隊で勤務していた時、戦車や装甲車を含軍用車両の技術情報を収集していた。ソ連軍兵士がこの車に乗って、アフガニスタンに侵攻した時に使用された車両でもあります。自衛隊退官後、異国のカンボジアにおいてこの車両の整備教育を実施している。感無量である。

  水トレーラ

★ 地雷除去作業現場では、お水【飲料水】が大量に必要とする。水トレーが必要不可欠である。かって陸上自衛隊が使用していた米国製CMCトラックがCMACで使用されている。上記のソ連軍の給水トレーラは、かって自衛隊が使用していたGMCトラックが牽引んしている。因みんにこれらの水トレーラは、日本のODA予算で購入したものもあり、左右のサスペンションの板バネの枚数が異なつているものも多々あった。ソ連のロストフ輸送大学車両整備大学卒自動車整備大学卒のCMAC中央整備工場長のスーさんや、ソ連の機械工学卒の車両幹部のサラさんや潅木除去機整備主任のブンテンさん曰く『ソ連人は、数を数えることが出来ない!』とジョークを言い合って整備していた。まさに、ここカンボジアの地雷原においては、安倍晋三総理の主張する積極的平和主義【Proactive Contribution to Peace】をJICAの長期専門家の不肖山本は、カンボジアの地雷原で実施していたのである。

この水トレーラ元ソ連軍所属がカンボジアの地雷原で使用するためにJICAの予算で国際貢献をしていたのである。不肖山本は、元自衛官でかつ昭和金属工業の工務課長として『地雷の信管の製造』をしていたが、現在は、JICAの一員としてカンボジアの地雷原で地雷処理の国際貢献をしている。従って、かっての『対抗部隊【甲】ーソ連軍のことーに大いに親近感を持てた。

 

緒方貞子JICA理事長 258

★ CMACの警備員。CMACは、ケムソファン陸軍中将閣下の地方DU:Demining Unit等の視察時等に憲兵隊隊員が同行する。カンボジア中央政府の権限が及ばないパイリン等は、JICA職員は、立ち入り禁止地区であった。アフガニスタンで言う「トライバル・エリア」である。が行ってみると、街が綺麗で、治安も良い。CMACに派遣常駐している憲兵隊の警備員を同行する場合には、日本のODAで購入したピックアップ車両等は、冷房装置が付いており、快適であるが、銃架がないので使い勝手が悪い。【武装警備員同行の場合】。贅沢な悩みである。

 

 今、昨今、武器輸出三原則の緩和はの議論が盛んでありますが、不肖山本は、自衛隊が長年使用して『廃車』となった車を潰すことなく、『銃懸』を取り外し地雷源を走行出来る人員物資の輸送に使用できるようにしていただきたいとおもいます。但し、北朝鮮への輸出は禁止。かって、廃車された自衛隊車両が北朝鮮の軍用車両として活用された事例あり。安倍晋三総理大臣には、武器輸出三原則の緩和を是非実施していただきたいと思っています。 日本のODA予算で購入してCMACに引き渡している『いすゞ』や『トヨタ』等は燃費も良いし、整備も不要ですが、雨季ともなると、泥んこの地雷原や路外走行できるのは、軍用車両しかありません。平たく言えば、年度の半分は、日本の優秀な民間者は、使用出来ないのです。

Organization Back ground

Under a briliant and wise leadership of Sademch Akka Moha Sena Padei Techo Hun Sen, Prime Minister of Kingdome of Cambodia, the organizing troops to participate in the United Nations mission was approved and granted on the 1 st March, 2005.

カンボジア王国のフンセン首相の類まれなる卓越した指導力の下で、国連軍に参加の為の任務部隊の編制が2005年3月1日に認可された。

Following that approval, Gen. Tea Ban, Depty Prime Minister and Minister of National Defense (MoND), called for an urgent ministrial meeting to establise the National Corrdination Commitee (NCC) with the purpose to faciliate the need in sending troops to paticipate in the United Nations Peacekeeping Mission.

上記の認可に引き続き、副首相兼国防大臣のテア・バン大将は、緊急閣僚会議を招集し、国連平和維持軍への部隊参加業務を円滑に図るべく『国家調整委員会NCC』を設立した。

 

地雷除去小隊の小隊指揮所には、通常、小隊長と救護員が待機している。

★ 地雷除去小隊の小隊指揮所には、通常、小隊長と衛生救護員が待機している。通常、小隊指揮所の近くには、ヘリポートがあり、緊急時には、ヘリも呼び寄せることが可能である。地方には、良い病院がないので、プノンペンまでヘリ空輸する。

二人ひと組のバディー・システム

★ 地雷除去作業は、色々な方式があるが、通常二人ひと組のバディシステムを取ることが多い。向かって右側の大きな選定バサミを持っている女性デマイナーが草を刈る。その後ろの位置する地雷探知機を持っている女性が安全係。草を刈ったあとを、探査を実施する。地雷探知機に反応が有った場所に、マーカーを置く。マーカーの置かれているところを、プロだーで突いて地雷の形状を確認し、移植ゴテて地雷を掘り起こす。危険な地雷は、その場で爆破するが、安全な物は、集積しまとめて、通常、夕方爆破処理をする。見学者や写真撮影に「第三者が作業場入ると危険防止」の為に、一斉に作業を一時中止するようにSOP【作業基準】で定められている。

ここは、ポルポト軍とフンセン首相の率いる官軍の激戦地、タイ・カンボジア国境近くのササエン。彼女たちのお父さん達は、ポル・ポト軍と反ポル・ポト軍で『骨肉之争』をしたと言われているが、今は、その面影はない。JMASの一員として、悪魔の兵器、地雷処理を実施している。

 カンボジアの女性は、働く、働く。

★ 通常、地雷除去作業は、二人ひと組の『バディー・システム』を組む。一名が作業を実施し、たの一名が安全係として、間違いや誤動作を監視・阻止するのである。山本が手にしているのは『地雷表示マカー』である。地雷探知機で反応かあった箇所を表示し、この場所を『プロッダー(突き棒)』で地中の地雷を確認しつつ地雷を掘り出していくのである。

かつてのポル・ポト派と反ポル・ポト派の兵士達が『骨肉の争い』をした者同士が、今は同じCMACの職場で、地雷処理に汗を流している。またお父さんがポル・ポト派であったお嬢さんと、お父さんが反ポル・ポト派の政府軍であったお嬢さんが共にJMASのデマイナーとして、『二人一組』のバディーを組み、タイ・カンボジア国境付近で地雷除去作業をしているのを見ると、御年74才ご老体は、とても嬉しいのである。

 

覚えておこう『四字熟語』:

一字拝領 【 いちじはいりょう 】                                      

One Chinese character borrowed from one’s lord name or one’s master name, and bestowed one’s son or daughter including themself.

「一字」 means “ One Chinese characters ”

「拝領」 means “ Borrow ”

 主君や師匠の名前から一字を賜って、自分や息子や娘の名前に付けること。

一石二鳥 【 いっせきにちょう 】                                      

To kill two birds with one stone. That is to accomplish two objectives with only one method.

「一石」 means “ One stone ”

「二鳥」 means “ Two birds ”

 一つの石で二匹の鳥を仕留めること。転じて、一つの行為で、二つの目的を達成すること。

有頂天外 【 うちょうてんがい 】                                      

Forget onself and feel as if live in a dream land. Go into ecstasy world where the most highest place for the Buddha world.

「有頂天」 means “ Most highest place ”

「外」 means “ Above ”

 夢中になって我を忘れること。つまり、これ以上の喜びは、ないという『恍惚の世界』に入ること。

骨肉之争 【 こつにくのあらそい 】                                      

Fewed battle between the relatives and family.

「骨肉」 means “ Bone and fresh ”

「之」 means “ of ”

「争」 means “ Battle ”

 親子・兄弟等が激しく争うこと。

興味津津 【 きょうみしんしん 】                                      

Full of great interests with many fascination story.

Very interesting with fascination story comes out one after another.

「一字」 means “ One Chinese characters ”

「拝領」 means “ Borrow ”

 次々と興味が出てきて尽きない。興味が、後から後から出て来る。

呉越同舟 【 ごえつどうしゅう 】                                      

The pople of Wu and Yueh hate each other from a long time ago as a bitter enemy. One day they ride on the same boat and set sail for destination, and hit the big typoon. The are closely cooperate each other like a left hand and right hand to survive. This phrase come from “Sun Tzu’s The Art of War.

「呉越」 means “ Country of We and country Yuen ”

「同舟」 means “ Ride on the same boat ”

 「呉の国の人」と「越の国の人」は、昔から、互いに敵どうしであり、憎しみあっている間柄である。たまたま、彼らが一緒に船に乗り、航海している時、台風に遭った場合には、彼らとて、生き延びるために、あたかも「右手」と「左手」と同じように、一致協力して、ことに当たるのである。孫子の兵法、第11章 九地篇 ー Nine types of Ground ー。

鼓舞激励 【 こぶげきれい 】                                      

To encourage or cheering up a person with danceing and drum beationg.

「鼓舞」 means “ Dancing with beat drum ”

「激励」 means “ Encouragement ”

 人を元気付けて、盛んに励ますこと。人を奮い立たせるためには、太鼓を打ち鳴らし、舞を踊り、励ますことが必要である。

死屍累累 【 ししるいるい 】  

Dead bodies piled up one after another in stuck. Lot of corpse scattered here and there, and the corps piled-up in heaps too.

「死屍」 means “Dead body”

「累累」 means “Stuck up”

 あたり一面、戦死者等の死体あちこちに、積み重なっている様子。

屍山血河 【 しざんけつが 】  

A fierce battle left huge mountainous corpse and blood of river.

「屍山」 means “Mount of dead body”

「血河」 means “River of blood”

 激しい戦闘で、死体が山のように散乱し、血が川のように流れた。激しい戦闘のたとえ。また、その跡の惨状。

三顧之礼 【 しんこのれい 】  

To invite and hire able military advisore etc. need three times courtesy call or visit to his house by one self or dispaching high ranking official.

「三顧」 means “Three times visits”

「之」 means “of ”

「礼」 means “Bow”

 礼を尽くして、有能な軍師や才能のある人材を迎入れること。

コメント:中国三国時代、蜀の劉備が、諸葛亮の住む庵に、三度礼を尽くして、軍師として迎いれた。

七縦七擒 【 しちしょうしちきん 】  

Seven times fighting enemy and seven times captured enemy commander in Vetonam as war prisoner, and each times released with full of admonishment by military advisor Chu-ko Liang. Finary this enemy commander whose name is Zhuge Lian change into the most trusted surbodinate of the military advisore Chu-ko Lian. This is the story of “Three Kingdoms” 

「七縦」 means “Seven times prmishion and release with full of admonishiment”

「七擒」 means “Seventimes captured as war prisoner”

 敵将と七度戦い、これを捕虜とし、七回これを「さとして許し」釈放して、最後には、敵将を心腹させて味方とする。

「コメント」中国『蜀』の国の軍師『諸葛亮』が、越の猛将『孟獲』に取った処置から。諸葛亮が越の国の平定を終え、帰国する際、孟徳は、尊敬の念で「涙し」、最後まで諸葛亮見送ったという。『三国志』から。

自力更生 【 じりきこうせい 】

Self-rehabilitation. Original source is Buddhism terminology which means “Regeneration by one’s own efforts”. Pulling oneself up by one’s own bootstraps. The charman Mao Tse-tung always said to his pople “Work out one’s own salvation with one’s effort by admit one’s faults”

「自力」 means “ One’s own effort and strength”

「更生」 means “ Regeneration ”

 本来は、仏教用語である。他人の力を頼むことなく、自分達の力と努力によって社会や生活を新しく変えて行くこと。中国の毛沢東主席が、これをパクリ中国全土に広めた。

順風満帆 【 じゆんぷうまんぱん 】

All jobs and missions are going well in alrespects like a tail winded yacht sailing. The way is no obstrack to advance yacht at all by full of fair wind.

「順風」 means “ Fair wind, that is favorable tail wind for set sail a boat ”

「満帆」 means “ Get full of wind for sail ”

 本来は、追い風に、帆を揚げて、出港すること。仕事や任務が、万事、順調に進行中。行くべき道に、障害がない。ヨットが追い風を受けて順調に進んでいる。

青雲之志 【 せいうんのこころざし 】                                   

Lofty high big ambition to climes up promotion ladder in life while young days. “Boys be ambitious under blue clouds”

「自力」 means “ One’s own effort and strength”

「更生」 means “ Regeneration ”

 高い地位に登ろうとする志。高位高官になるべく、若き日の志。立身出世を強く願う心。

羊頭狗肉 【 ようとうくにく 】                                   

“Butcher shop sell dog meat to customors by false signboard of sheep’s head in front of shop and sell dog meat inside the shop” That is deceptive and false advertising sell methods at butcher shop. Put the sheep’s head in front of shop, but sell to customer dog’s meat in side shop.  

「自力」 means “ Sheep’s head

「更生」 means “ Dog’s meat ”

 イカサマ商売のこと。『羊の肉』の看板を掲げているが、実際には『犬の肉』を販売している。即ち、見かけは立派なものを展示しているが、実質は模造品であったり、劣悪品である。

 They shared the view that land mines and unexploded ordnance ( UXO ) from the Cambodian civil war period still scattered throughout the country constitute an obstacle to Cambodia’s economic and social development, and reaffirmed the importance of assistance for the removal of land mines and UXO.

They decided to strengthen cooperation tword enhancement of health and medicare in Cambodia, including Japan’s advanced medical technologys and system. From  Japan Times (Dec. 13, 2013)

安倍首相とフンセン首相は、カンボジアの内戦の負の遺産である「地雷と不発弾」が、今なおカンボジアの至るところに散乱しており、これがカンボジアの経済と地域開発の妨げになっていることを認識し、この地雷と不発弾の除去に関して、その重要性を確認する。

安倍首相とフンセン首相は、日本の進んだ医療技術と医療体系の導入を含み、カンボジアの健康と医療の増進について強固な協力関係を構築して行くことに合意した。

 

Cambodia now ‘strategic partoner’

Japan and Cambodia have agreed to advance defense cooperation and upgrade bilateral relations to a “strategic partnership.”

Prime minister Shinzo Abe and Cambodian Prime Minister Hun Sen oversaw the signing in Tokyo by their defense ministers of a memorandom of understanding concerning the cooperation and exchanges.

“We would like to strengthen tie-ups in addressing issures in the region and the international community,

Abe told a news conference Sunday after a meeting with Hun Sen.

Hun Sen, who has been in power since 1985, said the tense situation in the East China Sea.

今やカンボジアは、戦略的互恵関係の国である。

日本とカンボジアは、『戦略的なパートナー』として両国の防衛協力関係を高めて行くことに同意した。

安倍晋三総理大臣とカンボジアのフンセン首相は、両国の国防・防衛両大臣が東京で調印した、交流と協力に関する了解事項の覚書【MOU】について確認合意した。

『我々は、これまで討議してきた地域と国際社会に関わる議題について、互いに協力関係を強固なものにしていきたい』と、安倍総理は、フンセン首相と会談した後に記者会見で語った。

フンセン首相は、1985年から首相の座にあり、『東シナ海の状況』が緊迫していると語った。

このJapan Timesの新聞記事を読んで、ふとフンセン首相がアメリカの海洋石油探査の専門家とヘリで、海洋石油調査に行った時のお話を思い出した。

英語de軍事『四字熟語』 VOL.08

こんにちは、山本です

山本の似顔絵

山本の似顔絵

 

◎『日本海海戦』と『東郷元帥の危機管理』                       

 

最近、防衛大学校の同期生〔#6〕の二見宣さんから『安全保障と危機管理』学会の機関紙が送られて来た。この2313年夏季号には、戦艦三笠の上で、連合艦隊を指揮する、東郷平八郎元帥の絵と共に『5月26日は、海軍記念日です。 108年前、ロシア帝国の艦隊を殲滅した日ですと書いてあった。勇ましい機関紙である。image003

『安全保障・危機管理学会』とは、二見さんが立ち上げた学会で、その構成メンバーがすごい。名誉会長として安倍晋三内閣総理大臣や顧問として渡辺喜美(みんなの党代表)、中谷元(元防衛庁長官)や佐藤政久(防衛大臣政務官:こと『お髭の隊長』)等々そうそうたるメンバーである。細部は、http://www.jssc.gr.jp 参照。

 

この『安全保障・危機管理学会』JSSCと『日本地雷処理を支援する会』JMASは、数少ない自衛官OBの立ち上げたNPO法人である。して、不肖山本が所属するJMASと比べて、元自衛隊の高位高官や警察庁OBの方々や大学の教授が多い。これに比べて、JMASの方は、陸上自衛隊で防衛駐在官や不発弾処理業務や海上自衛隊で機雷処理を実施して来た水中処分隊等の出身が多い。毛並みの異なったところでは、フランス外人部隊で、アフリカの大地で不発弾処理を長年実施して来た日本人もJMASにおります。目下、南アフリカの「JMASのベースを設定(日本国旗が立っている)し自炊」しているとのこと。【細部については、「軍事研究2013年8月号参照】彼曰く『山本さんは、日本国政府から恩給を頂いていますが、私は、フランス政府から恩給を頂いています』と。

JSSCの機関紙の表紙の挿絵は、日本海海戦時に、東郷元帥が戦艦『三笠』の甲板上で指揮を取っている場面であった。

 

戦艦『三笠』の甲板上の東郷平八郎元帥

 

Below artist’s conception picture of Admiral Heihachiro TOGO, commander of Japanese Combined Fleet, stand on the deck of flagship MIKASA with binoculars and take command during the Battle of Tsushima Strait on May 27, 1905.

About episode of this picture, Admiral Heihachiro TOGO stands on the compass deck of battle ship MIKASA, instead armored bridge with small slits to take command of Japanese Combined Fleet.【下図絵は、1905527日の『日本海海戦』に於いての一コマで、連合艦隊司令長官の東郷平八郎元帥が、小さなてん覗口付きの装甲艦橋に入るこよなく、双眼鏡片手に旗艦『三笠』の羅針盤甲板上で連合艦隊の指揮を取っているところの『絵』である。】

 

Usually the supreme commander of the Combine Fleet and its supporting stuff or the captain of battle ship and its supporting stuff take a command inside narrow armored battle bridge for safety. Admiral Rojestvensky, Commander of the Baltic fleet of Russia did. That is on the point of crisis management while in fighting. But Admiral TOGO did not take this combat style. Why? The answer is inside the armored bridge is restricted command of view from small viewing hole. Usually commander of the fleet take command inside armored bridge of battle ship for safety management.

Inside the armored bridge of battle ship MIKASA cannot get good field of view, because of only small vision slits which is narrow field of view. And more too small inside armored bridge space, it’s capacity only from 4 to 5 personnel. So Admiral TOGO takes a command from the compass deck, to get good field of views.通常、連合艦隊司令長官や艦長とその幕僚達は、危機管理上の観点より、装甲された狭い艦橋の中で指揮を取る。ロシアのバルチック艦隊のロジェストヴェンスキー司令官然り。しかし、東郷元帥は、装甲艦橋内で指揮を取らなかった。何故か?三笠の装甲艦橋の小さなてん視孔からでは、視界が悪く、艦隊司令官として状況判断に制約を受けるからである。それに三笠の装甲艦橋内には、最大限4 ~ 5名しか入れなかった。従って、視界の良い屋外の羅針盤艦橋から指揮を取った。】

 

One of young staff of the flagship Mikasa said to Admiral TOGO, “High Excellency! This place is very dangerous, so please go to inside the armored bridge sir. But Admiral TOGO refused this stuff recommendation. And he said to the staff “I am old man. Today I do not move this place.” “Young officer must enter into the armored bridge because of public service for nation is very important in future” 【旗艦の若い幕僚の一人が東郷元帥に言った『閣下! ここは、大変危険で御座います。どうぞ艦橋の中にお入り下さい』と。東郷元帥は言った。『いや、東郷は、年寄りじゃけん。今日は、ここを動きもはん。若い者こそ、これから国への御奉公が大切じゃけん。装甲艦橋にはんなさい』と。】

 

But Admiral TOGO prepared for the worst situation remained second in command inside the armored bridge as crisis management. He had lots of trusted subordinate under his command. Compare with Admiral TOGO, Admiral Rojestvensky of Baltic fleet take command inside armored bridge, because of number of commanding group member is small compare with Japanese Combined fleet commanding group. 【しかし、東郷元帥は、万が一の場合に備え「危機管理」として副長を装甲艦橋内に残していたのである。】

 

General TOGO put the priority to perform his job responsibility on command the Combined Fleet Commander-in-Chief than to secure his safety. 【東郷元帥は、自分自身の安全確保よりも、かれの連合艦隊司令長官としての責任を、より果たすことを優先させたのである。】

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On the open compass deck can get good field of view, but good aiming point from enemy gunnery. All the Russian Baltic Fleet battle ship was zeroed in on point is the bridge of Mikasa. So the compass bridge is very dangerous station too.【羅針盤艦橋は、視界が良いけれども、しかし敵の砲術の照準点でもある。ロシアのバルチック艦隊の全戦艦は、全て三笠の艦橋に照準を合わせて射撃をした。従って羅針盤艦橋は、大変危険な部署でもある。】

 

Admiral TOGO battle station on the compass deck which has good field of view instead of inside narrow armored bridge by sacrifice own life with sophisticated 20 powers Carl Zeiss binoculars on hand.【東郷元帥は、危険を顧みず、複雑精巧な最新鋭の倍率20倍の双眼鏡を手にして、視界の良い羅針艦橋に陣取ったのである。】

 

It is said that 8 Russian shells hit the bridge of battle ship Mikasa, but fortunately most of shell dud shell so do not detonation occurred on impact, only destroy chart room inside the bridge.【ロシアの砲弾8発が三笠の艦橋に命中したものの、不発が多かった。中には炸裂することなく、艦橋内の製図室に命中したものもあった。】

 

Admiral TOGO and his staff member on the compass deck as follows;

羅針盤艦橋上の東郷元帥と幕僚達は、下図の通り;

image042 

 It is said that CDR Turayuki AKIYAMA draft combat report and send to Imperial Head “Receiving the warning signal radio report from picket patrol boat Shinano-maru that “Enemy battle ships in sight!” “Combined Fleet plan to depart instantly to attack and sink the enemy battle ships” “Today’s weather is clear and cloudless but the sea waves are too high.”【秋山真之中佐が起案し、大本営軍令部に打電した:―『敵艦見ゆ!』との警報に接し、連合艦隊は、直ちに出動、これを撃沈せんとす。本日、晴朗なれども、波高し。】

 

“Today’s weather is clear and fine but sea waves is high” “The survival of Imperial country depend on this battle” After the hoist Z flag of above content, radio report to Imperial Head Quarters, “Japanese Combined Fleet set sail to seek after Baltic Fleet. And Admiral TOGO catches enemy battle ships.” Admiral Togo ordered to hoist “Z-flag” which mean “The survival of Imperial country’s fate depends upon this battle. Let every man do his duty with all his fight” This is famous phrase also send to Imperial headquarters by radio from the flag ship Mikasa in Tsushima Strait at 01:55 on May 27, 1905. The rise and fall of nation depend of this battle. 【『本日、天気晴朗ナレド、波高シ』『皇国ノ興廃 此ノ一戦ニ在リ。各員、一層、奮励努力セヨ』。この有名な無線命令は、1905年5月27日01:55、Z旗を旗艦「三笠」の艦上で掲げるとともに、同時に三笠から大本営に発信された。国家の興亡は、すべて、この戦闘で決まるのである。】

 

The weather of Tushima straight is bad and wave of Sea of Japan are very high, so this bad weather conditions favored for Japanese Combined Fleet. Because of training of officers and sailors of the Combined Fleet was perfect and conquer bad weather. 【対馬海峡の天候悪く、日本海の波の高さは、大変高く、この悪天候は、連合艦隊側に味方した。つまり連合艦隊の将兵の訓練は、完璧であったので、悪天候を克服した。】

 

Before the start of this sea battle, both the Russian Baltic fleet and the Japanese Combine Fleet open moral boosting ceremony with toast wine and Sake. Admiral Rojestvensky ordered all the member of the Baltic fleet member to change the cloth from ordinary fatigue cloth to full dress uniform. After that toast and drink champagne for officer and rum for sailor. On the other hand, officer and sailor of Japanese Combined fleet toast for win by Imperial awarded “KIKU-MASAMUNE” 【海戦直前、ロシアのバルチック艦隊も日本の連合艦隊も士気高揚施策を実施した。ロジェストウエンスキーは、全員に第一種正装への着替えを命じ、将校はシャンペーンで、水兵はラム酒で乾杯をした。一方、連合艦隊は、恩賜の『菊正宗』で戦勝祈願の乾杯をした。】

 

What is Togo turn or Letter T tactics?  – Big turn in front of enemy fire; 

東郷の『丁字戦法』とは?― 「敵前大回頭」;

 

It is said that “Letter T tactics” is the equation of victory, in which the enemy ships to stop. But this tactics it is very difficult to solves and success. While the ships fanning out they are enable to attack enemy fleet. Horizontal direction one stroke of T is all most all the naval gun of the fleet ships can firing at enemy flag battle ship of advancing head battle flag ship, vertical stroke of T letter. But vertical formation of fleet only can fire the head of the fleet ship, usually flag ship. All the other ship of fleet difficult to fire, because of friendly ships disturb the field of view.【「T字戦法は、勝利の方程式であるが、解くのに難しい。Tの字の横棒は、この艦隊の全ての艦の砲は、全てT字の縦の戦の艦を射撃する事が出来る。しかしながら、Tの字の縦棒は、先頭の艦以外は、味方の艦船に視射界が邪魔をして、射撃をすることが出来ない。】

 

Two opposing fleets, the Baltic fleet of Russia and the Combined Fleet of Japan, were steaming directly each other. First of all, Togo orderedHard a port”【取り舵一杯】 in succession, which mean every ship must turn the same point in succession, and followed the flag ship, MIKASA in succession. That is Big turn under the enemy’s fire.【ロシアのバルチック艦隊と日本の連合艦隊が激突した。先ず、東郷が『取舵一杯』を命じた。この命令一下、連合艦隊は、三笠に追随し、同じ地域で旋回した。つまり、『敵前大回頭』を実施したのであった。】

This TOGO’s “Letter T” tactics is very effective for the enemy but dangerous operation too. Because at first Japanese Combined Fleet cannot fire while turning movement. The reason is while turning movement battle ship cannot firing because of naval gun cannot fix the aiming point. But Russian Baltic ship can fire Japanese battle ships. 【この東郷のT字戦法は、効果のある有効な戦術であるが、大変危険な戦法でもある。つまり、当初、連合艦隊は、『敵前大回頭』中は、艦砲の射撃が出来ないことである。まず、初めに日本の艦隊が旋回を始めた。この状態‐旋回中‐においては、敵艦に砲を照準して射撃をすることが出来ない。しかしながら、ロシアのバルチック艦隊は、日本の艦艇を自由に射撃する事が出来る。】

 

This formation presented for the Russians with a whole succession of targets, one by one, so very dangerous act. Commander in Chief Baltic Fleet Rojestvensky thought that Admiral Togo lost his sense or big mistake to hard turn in front of our Baltic Fleet. Rojestvensky thought this is “Only one big rare good chance in a thousand years.【千載一遇】He thought that this is golden opportunity to Baltic Fleet. And Admiral Rojestvensky thought we can take an advantage operation with smile. Russians opened fire first. Russian gunner thought that “It is a sitting duck” But could not get direct hit, because of lack of training and to shooting Japanese Combined Fleet turning movement is very difficult to hit, around the Japanese warship lots of water columns with splash landing of shells. But Japanese held the course steady and do not fire back.

【この陣形は、ロシア側に、次から次へと、射撃上の好目標を提供した。バルチック艦隊司令長官ロジェストウインスキー大将は、東郷元帥は、平常心を失い、大きな誤りを犯したと思った。バルチック艦隊にとって『千載一遇』の好機だと思った。連合艦隊は、容易な好目標と思った。しかしながら、ロシアの水兵の訓練不足であり、旋回中の日本の艦隊に命中させることは、出来なかった。日本の艦艇の周囲に砲弾の弾着の水柱を立てただけであった。日本側は、進路を一定に保ち、撃ち返すことは、しなかった。】

 

This Japanese Combined Fleet maneuver turn(旋回)took three minutes. And after this big turn was completed, all the Japanese Combined Fleet battle ships can fire all the naval guns fire to flag ship of the Baltic Fleet. This advantage formation and Japanese gunners scored many direct hits. But Russian Baltic Fleet cannot return back fire, because of lead front war ship disturb the field of view.【この日本側の連合艦隊の旋回に要する時間は「三分間」であった。この大旋回実施後は、日本側の全艦艇は、バルチック艦隊の旗艦を射撃する事ができた。この有利な陣形で、日本側の射手は、多くの命中弾を得る事が出来た。これに反して、ロシア側は、先頭の僚艦に視界を妨げられて、射撃することができなかった。】

 

The greatest naval battle of the century is over. The Russian had lost 4,830 men killed while the Japanese had lost 117 men. The Russian fleet is no longer exists. Except that only one cruiser and two destroyers reached at Vladivostok port. All the rest of warships sunk or captured.【世紀の大海戦は、終了した。ロシア側は、将兵4,830名が、日本側は、117名が失われた。ロシア側の艦隊は、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻がウラジオストックの港に逃げた他、撃沈されたり鹵獲されたりした。】

 

Three art of the state on military technology in Japan; 【日本の最先端軍事技術;】

 

“Why Japanese Combined fleet can get win over Russian Baltic Fleet?” Answer is in technology. That is Japan has the state of the art weapons in the world. 【「何故、連合艦隊が勝つことが出来た理由に日本は、当時、最高の軍事技術を保有していたからだと言われています。】日本海海戦で日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に勝つことが出来た理由は、下記の「三分野に於ける日本海軍の兵器の優秀性に;「軍事技術の優越」にあった。】

 

①     The first, Admiral TOGO has most sophisticated 20 power Carl Zeiss binoculars in his hand.

②     The second, to use ammunition use of Shimose explosive which is invented by Doctor Masachica SHIMOSE.” This explosive made from picric acid instead of TNT and loading them into naval gun shell.” And this shell fixed IJUIN-Super Quick Fuse which never dud when hit Russian battle ship. TNT and Picric acid explosive almost equal strength. TNT is made from oil but picric acid explosive made from coal. So Japan could mass-production.

③     And also good and high performance Marconi radio communication equipment by use of LC oscillator on Picket line ship Shinano Maru. This good and timely radio report by use of state of the art Marconi radio. “Smoke from chimney stuck in sight” or “Enemy battle ships in sight.” To admiral Togo, commander of Japanese General Fleet headquarters. This is the first use of combat radio report in Electronic Warfare history.

 

①     三笠の艦橋で東郷元帥が手に持っていたのは、精巧複雑なドイツのツアイス社製の倍率20倍双眼鏡であった。

②     ピクリン酸を原料とした下瀬火薬を充填し、不発を起こさない伊集院瞬鋭信管の艦砲弾を使用した。TNT爆薬もピクリ酸爆薬も威力は、殆ど同じであるが、前者は「石油」から製造し高価であり、後者は「石炭」から製造し安価であり、大量生産できた。

③     哨戒艦には、性能良いマルコニー無線機【LC発信機】を使用した無線機があり、この無線機から適時適切な報告 ―「敵艦らしき煤煙見ユ)」等 があったと言われている。戦闘へのこの無線機の使用は、世界の電子戦の最初の事例であった。

 

Training ; 訓練;

 

Admiral TOGO always said “One gun which is one hundred shot and one hundred hit is better than one hundred guns which is one hundred shot and only one hit” Under this proverb, sailors and officers of Combined Fleet continue shooting training every day. So on that day, bad and rough weather of the Straight of Tushima area favored for Japanese fleet.【東郷元帥は、常常『百発百中の砲一門は、百発一中の砲百門に勝る』とかねがね言っていた。この格言の下、連合艦隊の将兵は、毎日、射撃訓練を繰り返して来た。従って、当時の対馬海峡の悪天候は、日本の連合艦隊に味方した。】  

 

孫子の兵法『以逸待労』の活用 ;Maxim use of Sun Tzu’s “The Art of War”

 

【原典】は、孫子の兵法である。

以近待遠、以佚待労、以飽待飢。此治力者也。

【訓読】

近きを以って遠きを待ち、佚【イツ】を以って労を待ち、飽を以って飢を待つ。此れ力を治むる者なり。

【和訳】

戦争の上手な将軍は、戦場の近くの有利な地形に布陣して、遠くからやって来くる敵軍を待ち受け、十分な休息をとって、腹いっぱい食べた後に、疲労困憊した飢えた敵に当たるのである。

【英訳】

Skillful general waits for coming hungry enemy forces from long distance with occupied key terrain in advance with full of stomach and in high spirit, and attack hungry and tired out enemy force.

 

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image011 An example of war history【戦史事例研究】

It is said Admiral TOGO boarded flag ship Mikasa 【旗艦三笠】with Sun Tzu’s the Art of War【孫子の兵法】 in his uniform pocket. And he said to mass media “We are waiting for Baltic fleet of Russian Navy with full of stomach and high spirits, 【以逸待労】Baltic fleet sailors must hungry and tired out completely by long voyage from Baltic sea.” The total distance from the Baltic sea to Tushima straight is about 33,000 km and need 3 months more.

After Admiral TOGO got the victory at Tushima straight, he answered the inquiry by press and mass media:

What is the secrets of victory at the Battle of Tsushima【日本海海戦】? Admiral TOGO’s answer is “Our Japanese Combined Fleet【連合艦隊】waiting with full of spirits and good training for hungry and tired out Russian Baltic fleet at Tsushima Strait.【以逸待労】

 

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※                     England command of the seven seas【七つの海の制海権を保有】and England warning to each port not to supply the Baltic Fleet such as food, coal and water by Japanese – British alliance【日英同盟】

 

The perfect victory【完全勝利】over the Russian Baltic Fleet at the Battle of Tushima Strait by Admiral TOGO’s good tactics which called “T letter tactics or Togo turn”【丁字戦法】 That is fleet-versus-fleet decisive battle【艦隊決戦】oriented tactics. This tactics lead to great-warship-and-guns principle【大艦巨砲主義】

 

Order of Battle and organization:

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This Japanese Combined Fleet perfect victory over the Russian Baltic Fleet make the English people make happy because of Anglo-Japanese Alliance treaty is useful. And also this Battle of Tushima straight lead to lots of colonized colored people and oppressed people by Russia such as Finland and Poland “Dancing wildly with full of creasy joy.” この『日本の連合艦隊』が、『ロシアのバルチック艦隊』を、完膚なきまで撃破したことは、日英同盟国の英国国民が喜んだ。また、白人に対して有色人種が、打ち勝ったと言うことでもあり、「アジアやアフリカで白人に支配されていた植民地の人々」や「フインランドやポーランドと言ったロシアに征服された人々」が『狂喜乱舞』した。するところと相成った。

 

Admiral TOGO said on the address of the Deactivate ceremony of Combined Fleet. “You must fasten your chin strap of war helmet tight after the great victory” This famous phrase quotes from resourceful war load Motonari MORI. He said that“Careless miss is the greatest enemy too”【東郷元帥の連合艦隊解散式の式辞で述べた、この名句は、乱世の知将の毛利元就の口癖「『油断強敵』、『油断強敵』、『勝って兜の緒を締めてよし』の中から引用したのである。

 

Roosevelt, President of USA moving to read this Admiral TOGO’s speech which is written by Commander Masayuki Akiyama, and said that “This is very Good speech on contents so let translation from Japanese to English and printing it and let to read all the officers of US Navy and US Army as teaching material.【アメリカのルーズベルト大統領は、この海軍中佐秋山真之の起案した『東郷元帥の連合艦隊解散の辞』にいたく感銘をうけてつぎのように言った。『これを翻訳して米陸軍の将校と米海軍の士官全員に教材として配布し読ませろと命じたとされている。】

 

安倍晋三総理大臣のご自慢の『アベノミックス』の『三本之矢』も戦国武将;毛利元就の流れを汲むものであり、国民が大いに期待するところでもある。しかし、野党側は、『三本の毒矢』であると揶揄したものの、選挙戦に大敗した。この選挙戦、東郷元帥の日本海海戦に匹敵する大勝利である。何やら、この東郷平八郎のこの言葉 ―『勝って兜の緒を締めよ』―は、今回の選挙戦で圧勝した自民党と公明党に呼びかけているようにも思える。安倍晋三総理と山口那津男公明党首には、日本国の為に頑張って頂きたいと思っております。

 

覚えておこう『四字熟語』:

 

以逸待労  【 いいつたいろう 】  

Waiting tired out enemy from long way, and strike the enemy with make oneself comfortable at one’s home base.

「以逸」 means “ Make oneself comfortable at one’s home base. ”

「待労」 means “ Waiting tired out enemy from long way. ”

 遠くから疲労困憊でやってくる敵を、本国で充分に静養した部隊でこれを待ち受けて戦うこと。

                                                                                                                                                    

千載一遇  【 せんざいいちぐう 】    

Only one big rare good chance in a thousand times that is very rare good chance in one thousand years. That is golden opportunity.

「千載」 means “ One thousand years.”

「一遇」 means “ One rare good chance.”

 千年に一度しか巡り合わないような、滅多にない絶好の機会。二度と来ないような好機。

           

大胆不敵  【 だいたんふてき 】                                                                      

Daring and fearless acts with guts and do not afraid of enemy at all.

「大胆」 means “ Daring “

「不敵」 means “ Fearless. “                                                                                                                                                  

 度胸が据わっていて、敵を少しも恐れることなく、思い切った行動を取ること。

 

油断大敵  【 ゆだんたいてき 】      

Carelessness or a little negligence of safety is the greatest enemy. The original meaning of this words come from “I order to you to carry this full of oil cup, if you spill over only one drop of oil, I will kill you! ”           

「油断」 means “ Carelessness ”

「大敵」 means “ Great enemy.”

 一寸したミスは、大事故につながる恐れがあるから、注意する必要がる。

 

狂喜乱舞  【 きようきらんぶ 】

Lot of people assemble together “Dancing wildly with full of creasy joy.”

「狂喜」 means “ Wild and creasy joy.”

「乱舞」 means “ Dance with joy.”

 喜びのあまり、踊り狂うこと。

 

三矢之戒  【 さんしのいましめ 】

Admonishment of the tree arrows. General Motonari MORI said to his sons “You can break off each arrow one by one like this, but you cannot break off if three arrows bundle. So my sons you must cooperate each other.”

「三矢」 means “ Tree arrows.”

「之」 means “ of ”

「戒」 means “ Admonishment ”

 武将 毛利元就は、三人の息子達に言った。「弓の矢は、それぞれ一本づつであれば、このように簡単に折ることが出来るが、三本まとめると、折ることは出来ない。従って、兄弟一致団結することが重要である。」と諭したといわれている。

 

疲労困憊  【 ひろうこんぱい

Complete tired out status from total exhaustion or fatigue.

「疲労」 means “Total exhaustion or fatigue”

「困憊」 means “Completely tired out”

 くたくたに疲れ切ってしまい、動けない程疲れ果ててしまうこと。精魂つきはてて、やる気もなくなってしまうこと。

 

英語de軍事『四字熟語』 VOL.07

こんにちは、山本です         

山本の似顔絵

山本の似顔絵

 

 

『宋襄之仁』と『日本国憲法』                      

 

不肖山本の好きな『四字熟語』の一つに、『宋襄之仁』と言う用語がある。なにやら、この『四字熟語』、世界にたぐい類まれなる、崇高な理念が満載の日本国『平和憲法』の ― 前文 ― と類似している。

『宋襄之仁』とは、「無用な情けを他人にかけること」。とか「愚かなる情けの例え」と市販されている四字熟語辞典に書かれている。「君子たる者、人の困難には、付け入らないものだ」とも加筆併記されている。更に、『宋襄之仁』の解説書付きの『四字熟語』ものもある。

中国の春秋戦国時代、『楚』と『宋』の戦いが、再び開始された・・・・・・・・・

楚・宋両国の国境線沿いの川に於いて、楚軍が越境して宋国に怒涛の如く進軍して来た。自ら防衛の第一線で指揮を執り、防衛の任に当たった宋国の襄公に対して、宋軍の軍師「目夷(もくい)」が進言した。『敵は、多勢で、こちらは無勢。敵が河を渡りきらない内に、半渡河の状態で、攻撃すべきです』と。

宋の襄公は、わが国は『専守防衛』を旨とし、敵の半数が敵の国土にいる状態での攻撃は、許されないとして、攻撃しなかった。『敵の渡河部隊が川を渡りきるまで、待て!』と。

更に、楚軍が渡河を終えて、わが領土内に入った直後、敵の攻撃準備態勢未完段階を捕らえて、敵を攻撃すべきであると、軍師『目夷』は、宋の襄公に再度進言した。「敵の攻撃準備態勢未完の今、攻撃すべきです」と。

襄公は、軍師「目夷」に言った『攻撃は、敵が軍陣を整え終わるまで待て』と。敵の攻撃準備未完に乗じて、攻撃することを許さなかった。襄公曰く『君子たる者、敵の弱みに付け込むという「セコイ」戦術は、行うべきではない」と。君子たるもの、『正々堂々』と敵と戦うべきだと。

つまり楚軍の戦闘態勢が整のうのを待って、敵が『堂堂之陣』を組んでから、我が楚軍は、『正々堂々』と戦いに挑んだのである。しかしながら、楚軍は、多勢に無勢、ころりと負けてしまった。その上、襄公は、股をも負傷した。そして、『宋襄之仁』と言う「四字熟語」が生まれた。そして日本の国民までも知るところとなり、その精神は、現在まで残った。

なにやら、『専守防衛』を国是とする日本国平和憲法の戦争放棄を暗示しているような気がしてならない。つまり、日本国が戦いに破れ、無くなり、『専守防衛』とか『平和憲法』と言う『四字熟語』が後世に残ることになるのでは、ないかと小心者の山本は、心配しているのである。

 

不肖山本がかつてJICAの長期専門家として勤務していたカンボディアの国家機関であるCMAC【カンボディア地雷除去活動センター】のケムソファン長官室には、「カンボディア国王」と「王妃」の写真とともに『小渕総理』(下記)の大きな写真が掲げられていた。この写真、「フンセン首相もお気に入りの写真でもある」。

昨年、カンボディアで地雷国際会議が開催された折、JMAS【日本地雷除去を支援する会】の展示ブースにフンセン首相が視察に来られた。この時、渡邉現地代表に対して『俺(フンセン首相)と小渕総理とケムソファン陸軍中将」の写真が、展示されていない!・・・・』と少々不満を漏らした写真でもある。【下記写真参照】

 

 

 

 

今回は、かつてのCMACに見学や研修に来た外国人や日本人方々に対して、この写真をベースに、『CMACの概況』のブリーフィングを実施した際に利用した『パワーポイントの資料』を添付致しました。

  

英文パワーポイント・説明資料。

 

            

 

日本語パワーポイント説明資料

地雷ゼロをめざして日本の国際貢献

Prime minister Funsen and Prime minister Obuch and Director General of CMAC Khem Sophom.

The Japanese Constitution says in its preamble “We recognize that all people of the world have the right to live in peace.”

 

 

 

 

 

覚えておこう『四字熟語』:

 

宋襄之仁  そうじょうのじん        

The perfect virtue 【仁】 of the Lord Jo 【襄】 of country Song 【宋】. He did not attack enemy while enemy force under the cross river operation, because half of the enemy force remains enemy territory. To attack enemy week point such as un-preparedness situation should not for commander of perfect virtue. The Commander of perfect virtue must be fight fair and square attitude. The perfect virtue commander should fight after enemy crossing river and complete fighting preparation done.

「宋襄」 means “ Lord Jo【襄】 of country Song 【宋】

「之」 means “ of ”

「仁」 means “ Perfect virtue ”

 自分の不利を省みることなく、他人のことを思いやる、お人好しのこと。

Legend   : 

Country of Song【宋】 in China was surrounded by two opposing strong countries. The lord Jou【襄】 of Song is very honest and peace love lord that is lord of perfect virtue. And his foreign policies were peace with foreign countries with defensive defense policy. That is only defense for enemy aggressive and illegal attack. One day neighboring country So【楚】 force invade Song【宋】 territory by crossing the border line which is big river. 中国の楚の国は、二大大国に囲まれていた。宋の襄国王は、大変まじめな、平和をこよなく愛する『仁』を備えた国王であった。彼の外交戦略は、外国と平和を維持するための専守防衛方針であった。つまり、違法な外国の攻撃を受けた場合にのみ、反撃が可能というものである。ある日、隣国の楚の軍が、河川を利用した国境線を越えて、楚国に攻撃を仕掛けて来た。

Military advisor of Lord Jou【襄公】 suggested to his boss lod Jou【襄公】. “This is the best timing to attack enemy force while half of invading enemy stays in the river. Because of enemy force divided by half a fording operation, half force stay in oposit bank and half force force stay in river. Because of enemy force can not use of full of fighting power.襄公の軍師は、宋の「襄公」に進言した。『敵の半渡河を利用して、これを攻撃しましょう』と。つまり、敵が戦闘力を発揮出来ない段階を攻撃すると言うものであった。

But the lord Jou refused to attack the enemy week point while in fording operation. Because of a lord of virtue should not attack while enemy is in difficult condition such as fording operation, while enemy stay in the river. しかし、襄公は、敵の弱点を攻撃するという意見具申を却下した。徳のある国王たる者、渡河作戦と言ったような、敵が弱点を形成した際に攻撃すると言うような、「せこい」作戦は取らないものだと。

To attack enemy while enemy can not use of his power at full by many difficulty situation such as enemy force can not use of his force while in river etc is unfair operation for enemy. 渡河作戦といったような、敵が困難な状況下で、戦力を発揮できない状況下で、攻撃することは、フェアーな作戦ではないと。

Next time military advisor suggest lord Jou suggest to attack the enemy force before enemy force complete the attacking formation. Military advisor Mokui said to lord, let us attack enemy while enemy is disorder after the end of crossing the river, not yet well preparation for attack. But Lord Jou said to military adviser, a lord of perfect virtue should not attack before enemy preparation completed, it is unfair. A man of perfect virtue should not fighting against enemy at loss or unpreparedness.次に、軍師『目畏』は、襄公に、敵が渡河を終えて、攻撃準備を完了する前の混乱時に、攻撃しましょうと進言した。しかしながら、襄公は、軍師に言った。仁を備えた国王たる者、敵が攻撃準備を完了しないうちに、これを攻撃すると言う、卑怯な作戦を取らないものだ。

   Lord Jou attacked the enemy, after the enemy force complete attacking formation with fair and squire attitude. But his attack was total failed and defeat by the strong enemy So force. Country Song 【宋】 disappear in China history, but left famous 4 Chinese letters character 「宋襄之仁」 in history.襄公は、敵が攻撃準備を完了した後に、正々堂々と、これを攻撃した。しかしながら、この攻撃は、失敗してしまった。強力な敵に破れ、中国の歴史の中に消えてしまった。しかしながら、『宋襄之仁』という『四字熟語』という名が後世まで残った。

Comment  : 『宋襄之仁』の新解釈、「20XX年、某国との間で戦争が勃発した。「憲法九条」と「専守防衛」戦略を国是とする日本が敗れた。しかしながら、 - 「憲法九条」と「専守防衛」 - の「四字熟語」は、後世に名を残した。

 

「専守防衛」の戦訓:

The victory of war only can gets fast preemptive attack while enemy is unpreparedness and defeat it in detail with virtue less fight and also never lose good timing.

Preventive attack and virtue less combat and take advantage and making good timing is the success of war.戦勝は、敵の準備未完の好機を捉えて、敵を各個に撃破することにより得られる。好機を捉えた先制攻撃と仁なき戦いが、戦勝の要である。

 

専守防衛  【 せんしゅぼうえい 】

Defensive defense.

Exclusively defense oriented posture.                                                          

Exclusively defensive posture.

Exclusively-defensive defense.

Self defense only.

Comment  : 難題 その1

佐藤栄作総理大臣が「外務省官僚」と「防衛庁幹部」に出した将来の「日本の防衛」のあるべき姿。

答申は、「専守防衛」戦略であった。

この「大専守防衛大戦略」【 Grand Strategy 】に3名の戦略家がお墓の中で、ビックリ仰天。その墓石がビィビィッと震えた :

¯    孫子曰く「私の兵法書に書かかれていない、インチキ戦略であり、これで懸命なる中国国民を騙すことはできない。猿知恵戦略である」と。

¯    フランス軍閣下「第二次世界大戦時、フランスは、世界に冠たる陸軍大国であった。その戦略は『専守防衛』」。がしかし、第二次世界大戦開始と同時に、ドイツの機甲部隊の電撃作戦によりアット言うまに完膚無きまでに打ちのめされてしまった。」

¯    山本五十六元帥曰く「日本海軍の戦略戦術指導書『海戦要務令』には、攻撃は最良の防御也」と規定されている。こんな戦略「つまらん」と。

 

正正堂堂  【 せいせいどうどう 】  正々堂々

Fair and square formation of force with full of dignity.

「正正」 means “ Fair and Square arrangement of troop flags.”

「堂堂」 means “ Formation of troops with dignity.”

 態度や手段が正しくて、立派である。卑劣な手段を用いることなく、正しく正統派のやり方で、ものごとを実施すること。

Comment : 孫子の兵法「第七章:軍争篇」 正正の旗を迎えることなく、堂々の陣を撃つ事なかれ。 『正正とした旗並びの軍に対して、また堂堂とした陣の敵には、攻撃をしかけてはならない』 。

 

堂堂之陣  【 せいせいどうどう 】  正々堂々

Fair and square formation of force with full of dignity.

「堂堂」 means “ Good formation of troop with dignity. ”

「之」 means “ of ”

「陣」 means “ Formation”

 整然として、乱れの無い陣。陣容が整い盛んである。態度が立派で、いかめしい。

Comment : 孫子の兵法「第七章:軍争篇」には、堂々の陣を撃つ事なかれ - 「堂堂とした陣の敵には、攻撃をしかけてはならない -。   

 

英語de軍事『四字熟語』 VOL.06

こんにちは、山本です         

 

 ◎ 『会稽之恥』と『臥薪嘗胆』物語 

山本の似顔絵

山本の似顔絵

 

前回、中国、春秋時代に書かれた不朽の兵法書『孫子の兵法』を書いた男、孫子【孫武】が、呉の国王『闔慮』の軍師となった時の逸話、『美女軍団の徒歩教練の秘訣』について紹介しました。今回は、その続編を紹介させていただきます。

中国の春秋時代、『呉』と『越』は、仲の悪い隣国同士であり、互いに反目し合い、争いを繰り返しておりました。ある時、呉の国王『闔慮』は、敵国『越』を攻めたものの逆襲に遭い、不覚にも負傷してしまった。そして、腕に受けた『矢』の傷が悪化し、亡くなってしまった。

臨終の席で、呉の国王『闔慮』は、息子『夫差』を枕元に呼び寄せて言った。『この恨み、決して忘れるでないゾ!必ず俺の仇を取ってくれ。』と。息子の夫差曰く『父の仇、越の「勾践」とは、『倶(トモ)に天を供戴かず』必ずしや、仇を取りますと。つまり、私にとっても、越は、『不倶戴天』の敵、三年以内に敵の国王の首を取ります。呉の国王『闔慮』は、この『夫差』の言葉を聴き、息を引き取った。

息子『夫差』は、このとき誓った越国への復讐心を決して忘れないようにと、ふかぶかとしたベッドの替わりに、ごっごっとした薪の上に寝ることにした。つまり、『臥薪』、薪の上に寝ることにより、「朝な夕な」、父の無念と遺言を忘れないようにする為である。

三年後、呉の国王、夫差は、親の仇、越の国王、勾践を会稽山真で追い詰め、これを包囲した。ここで、追い詰められた『勾践』は、屈辱的な内容ではあるが、降伏条件を提示して降伏をした。『ポツダム宣言』を受け入れて、無条件降伏をした日本とは異なる。

降伏条件は: 国王自身は、『夫差』の臣下となり、妻は、夫差の召使となることを条件としたものであった。会稽山に生き恥をさらした講和条約であった。これを『会稽之恥』という。

越の国王、『勾践』は、この屈辱を決して忘れないようにと、毎日、天上に吊るした、苦い動物の乾燥した肝を舐めては、呉に対する復讐心を忘れないようにした。これを『嘗胆』、苦い胆を舐めるという意味である。つまり、呉の国王「夫差」と越の国王「勾践」の復讐心を表わす「四字熟語」、『臥薪嘗胆』が誕生したのである。

そして、越の国王、『勾践』の極めつけの作戦は『沈魚落雁』の美女を呉の国王『夫差』に献上して、『一顧傾城』作戦を実施したのである。その効果は、抜群であった。

 

覚えておこう『四字熟語』:

 

不倶載天  【 ふぐたいてん 】

Deadly enemy which can not exist together under the same heaven

Mortal enemy or sworn enemy which can not live together.

「不倶」 means “ Crippled ” 

「裁天」 means “ Can not exists under the same heaven ”

 相手を打たなければ、こちらがやられる。共に「お天道様」を擁く事の出来ない、宿命の敵同士のこと。決して生かしては置かないという言う気持ち。またその間柄。

Comment  : 「ハブ」と「マングース」の戦いである。

 

会稽之恥  【 かいけいのはじ 】      

Humiliated surrender never ever forgets at Mt. Kaikei【会稽山】 in China. This conditional surrender is that defeated King Kosen【句践】 of Etu【越】 country become one of the subordinate of enemy King Fusa【夫差】 and also his wife work as a maid and hostage of enemy King Fusa【夫差】 of Go【呉】.

「会稽」 means “ Mt. Kaikei【会稽山】 in China where King Kousen【句践】 Forces of Eetu【越】 defeat by King Fusa【夫差】 Forces of country of Go【呉】

「之」 means “ of ”

「恥」 means “ Shame. ”

 戦いに敗れた屈辱。つまり敗戦の屈辱。つまり、決して忘れてはいけない、敗戦の屈辱のこと。

Legend:

There are big battles between country Go and Etu in BC 494, the end of the Spring and Autumn period  【春秋時代】 in China.

King Kosen【勾践】 of country Etu【越】 was defeated by King Fusa【夫差】 of country Go【呉】 at Mt. Kaikei【会稽山】 and King Kosen asked for surrender to survive with condition that I myself will be one of the subordinate of King Fusa【夫差】 and also my wife work as maid and hostage of King Fusa. This King Kosen’s humiliated plead proposal was admitted by King by King Fusa of Go country. This is humiliated treaty is only to survive.

 

中国の春秋時代の末期、紀元前494年のことである。呉と越の両国は、互いに敵視し合い戦争状態であった。越の国王「勾践」は、会稽山に於いて、呉の国王不差の軍隊に包囲されて囲破れた。そして、越王「勾践」は、命乞いをするために「私は、貴殿の忠実なる下部となり、妻は人質として閣下のメイドとして差し出す」と言う条件の下で、講話が成立した。屈辱的な講和である。

Comment  : 「会稽之恥」を日本にあてはめると「戦艦ミゾリー号之恥」といったところである。降伏文書の調印月日は、終戦記念日とも、異なり、日本人は、その後の進駐軍の宣撫工作や教育改革等これあり、屈辱感は、皆無であった。

 

臥薪嘗胆  【 がしんしょうたん 】     

To get victory or success need long time hardships. It is very important least not forget the shame of surrender and revenge sprit to mortal enemy by sleeping on hard fire woods as a bed and licking bitter dried animal levers to not forget revenge spirit. 

Do not forget revenge sprit and maintain revenge sprit against mortal enemy. To do sleeping on fire woods as bed and lick a bitter taste dried animal liver.

Sustained struggles against many difficulties for success.                           

「臥」 means “ Sleeping ”

「薪」 means “ Fire wood ”

「嘗」 means “ Lick ”

「胆」 means “ Animal liver ” 

「臥薪」 means “ Sleeping on the fire woods ”

「嘗胆」 means “Lick the bitter animal dried livers ”

 仇を討つために、辛抱強く、努力を積み重ねること。転じて、目的を達成するために苦労を重ねること。

Legend form : 『史記』 and 『十八史略』

Long, long ago, around BC470, there are battles between two countries, Go【呉】 and Etu【越】 in China. These fighting continue for long time.

King Koryo【鬨慮】 of Go【呉】 is very famous character for scout Military adviser Sonpin, the auther of the Sun Tzu’s the art of war. King Koryo【鬨慮】 force attack King Kousen【勾践】 of Etu【越】 force. But King Koryo【鬨慮】 wounded by an arrow which shoot by Etu soldier by relax of guard. Father of Fusa【夫差】 was died by this arrow wounds which shoot by Etu soldier at Go and Etu campaign. Wounded father, Koryo【鬨慮】 said to his son Kosen at the bedside, “Don’t forget my grudges, and I want you to take my revenge and you must not forget revenge spirit against Etu.” Son, Fusa said to his father I shall be attack within three years against mortal enemy, Etu. After these incidents King Koryo died.

昔々、紀元前470年頃のことです、中国では、「呉」の国と「越」の国が戦争をしていました。『孫子の兵法』の著者『孫子【孫賓】』を軍師としてスカウトした事で有名な呉の国王「闔慮」は、越の国王勾践の軍隊を攻撃した。しかしながら、呉王「闔慮」は、この呉越戦争で、不覚にも、越王「勾践」の放った矢により負傷をしてしまった。 この傷が悪化し、病床に伏してしまった。「闔慮」は、息子の「夫差」に言いました。「お前は、俺の仇を取れ! 越に対する復讐心を決して忘れるではないゾ!」と言いました。すると息子夫差は、父に言いました。「私は、3年以内に仇を取る積もりです」と。これを聞き、夫差の父親の闔慮は、安心して息を引き取りました。

 

After death of his father, New King Fusa of country Go【呉】 lest not forget his father’s revenge will, every day he sleep on hard fire woods as a bed. And he trained his soldiers to be strong and elite force.  

父の死後、新呉王となった夫差は、父の「遺言」 ― 仇を取れ ― を忘れないようにと、毎日、固い薪をベッドとして、その上に寝た。 そして、毎日、兵士の訓練を実施し、精鋭部隊に仕上げた。

 

And after 3 years later, new King Fusa【夫差】 of country Go 【呉】 fight back and surrounded the Kousen【勾践】 forces of Etu 【越】 and defeated against the Kousen【勾践】 forces of Etu 【越】 at Mt. Kaikei 【会稽山】.

3年後、呉の王『夫佐』は、反撃に出て、越の軍隊を攻撃し、越の国王『勾践』が逃げ込んだ会稽山を包囲した。

 

Defeated Kousen【勾践】 King of Etu【越】 was proposed to King Fusa【夫差】 “ I will be a vassal of country Go 【呉】 and my wife sent a hostage and maid of King Kousen【勾践】” This conditional surrender was accepted by King Fusa. This is called “The shameful treaty of Mt. Kaikei”, but conditional surrender not unconditional surrender of Japan at WW.  

戦いに敗れた越の国の国王『勾践』は、自分自身は、呉の国王『夫佐』の家臣となり、そして妻は下女兼人質として夫佐に差し出すことが条件で命を救われた。越の国王「勾践」にとっては、条件付降伏とは言え、屈辱的な条約であった。後世の人は、これを『会稽之恥』と呼ぶようになった。

ここで下記の条件付き降伏が締結された(日本の第二次世界大戦時の無条件降伏とは異なる)。

The defeated Kousen【勾践】 King of Etu【越】 by King Fusa 【夫差】 return back to his birth place, and try to revival and revenge. He licked a bitter dried lever of animal lest not forget revenge spirit against “Shameful peace treaty at Mt. Kaikei 【会稽山】. And he trained his small guard force as elite force under the slogan of “Rich nation with strong force”.

戦いに敗北した越王『勾践』は、故郷に帰り、再起を期した。会稽山で敗北し、屈辱的な平和条約を絶対に忘れないようにする為、動物の乾燥した苦い肝を毎日舐めては、復讐心を燃え滾らした。『富国強兵』の心情の下、軍の精鋭強化を図った。

 

And more, Kosen【勾践】 presents a beautiful lady Seish【西施】 to King Fusa【夫差】 with wish to downfall of Go country by the lack of political affaires. That is secret operation to down fall of country Etu. Beautiful lady such as lady Seish is very dangerous for gentlemen or king because he can not notice it. But fish and goose notice it. Fish can sense the danger instantly and escape and hide in bottom of pond and also goose sense danger give up to fling in the air and hide in bush. 

その上、勾践は、夫佐を国務から遠ざけて、政治をおろそかにし弱体化する為、『沈魚落雁』の絶世の美女『西施』を献上した。『沈魚落雁』とは、その絶世の美貌を見て、動物までがビックリ仰天。魚は、恥ずかしさのあまり、水底に姿を隠し、雁は、その美しさに見とれて、飛ぶ事を忘れて、地上に落っこちてしまうほどの美人のことである。つまり、凋落作戦である。

 

Lie low attitude in life more than 20 years, Kosen meets across lots of hardship and difficulties with many pains. The time has come to attack Go forth of Fusa. This time Kosen【勾践】 of country Etu win at Mt. Koso【姑蘇】. King of Go Fusa said that I am too old to revenge again and suicide himself. This incident was BC 473.   

雌伏20年、、「艱難辛苦」に絶えた勾践は、越軍を撃破し、呉王夫差を姑蘇山に追い詰め、勝利を収めた。夫佐は、「再起を図り、復讐をするには、年を取りすぎている」と言って、自殺をしてしまった。紀元前473年の出来事であった。

Comment  : :『会稽之恥』を日本流に置き換えれば、東京湾での無条件降伏をした『ミゾリー号之恥』と言った所である。その後、日本人は「臥薪嘗胆」GNP第2の経済大国になった。

 

富国強兵  【 ふこくきょうへい       

Wealthy nation with strong soldiers.                                                            

「富国」 means “ Wealthy nation. ”

「強兵」 means “ Strong soldiers ”

 国の経済力を高めて、軍事力を強化すること。

Comment  : 貧しき発展途上国の国策。しかし両立は、至難の業である。

 

艱難辛苦  【 かんなんしんく 】       

Meets across lots of hardship and difficulties with many pains.                                                                                                        

「艱難」 means “Disaster or difficulty”

「辛苦」 means “ Hard ship”

 非常な困難に遭い、大変苦しむこと。

 

                                                                                                                  

沈魚落雁  【 ちんぎょらくがん 】     

Beautiful lady such as lady Saish is very dangerous for gentlemen but he can not notice. But fish and goose notice it… Fish can sense the danger instantly and escape and hide in bottom of pond and also goose sense danger give up to fling in the air and hide in bush.                  

Beautiful lady makes fish forget how to swim and goose forget how to fly in the sky.

「沈魚」 means “ Fish swimming in water go sink to bottom and hide with fear. ”

「落雁」 means “ Goose stop flying in the air and dive into bush with danger “

or

「沈魚」 means “ Fish forget how to swim because of charming of beautiful lady. ”

「落雁」 means “ Goose stop flying because of charming of beautiful lady.

 その絶世の美貌を見て、動物までがビックリ仰天。魚は、恥ずかしさのあまり、水底に姿を隠し、雁は、その美しさに見とれて、飛ぶ事を忘れて、地上に落っこちてしまった。

 

一顧傾国  【 いっこけいこく 】        

A rare beauty only give an emperor a wink, emperor forgets his duty, and this makes the country decline.

A beautiful lady gives a wink decline the country.

「一顧」 means “ Only one look at ”

「傾国」 means “ Decline the country ”

 

「佳人之歌」 means “ the song of Decline the country ”

「佳人之歌」           「佳人の歌」

北方有佳人           北方に佳人あり、

絶世而独立           絶世にして独立する

一顧傾人城           一顧して城を傾け

再顧傾人国           再顧して国を傾く

寧不知傾国与傾城      寧ぞ傾国と傾城とを知らんや

 

Song of Beautiful woman

One beautiful woman lives in the northern part of country.

That rare beautiful woman stands along in the field.

Look back at once castle declines and once again lock back decline the country.

I know very well the fear of rare beauty declines the castle and country.

But rare beauty is hard-to-get.

Song by Director General of Music and Dance, Liennen【李延年】

 

「哲夫成城」「哲婦傾城」という中国の四字熟語がある。「哲夫は、城を興し、哲婦は、城を滅ぼす」の意味で、「才智の優れた男が国を興し、才智の優れた女が国を滅ぼす」のである。これは、万古普遍の定理でもある。

 

英語de軍事『四字熟語』 VOL.05

山本の似顔絵

こんにちは、山本です。

 

 

こんにちは、山本です         

 

◎ 『無理難題』を『快刀乱麻』に解く方法                       

 答えは『孫子兵法』にあり。

不肖、山本は、元自衛官であったことから『兵法』に関する書物を読むことが、大好きです。この趣味が高じて、A-5版661ベージからなる 山本賢の『孫子の兵法』【中国語・日本語・英語】版、Even monkey can understand Mr. YAMAMOTO’s Sun Tzu’s The Art of War – という本を書いてしまった。-¥3,000也-。

 

今回は、この『孫子の兵法』を書いた兵法家「孫武(孫子)」をスカウトして将軍兼軍師として使った、国王の話を致しましょう。必ずしや、読者にご満足していただけると確信をしております。

 

女性国王警護中隊の訓練上達の秘訣とは?

Secret episode of how to train King’s girl guard 

 

【英語】

About 2,300 years ago there lived a clever king who’s name was He Lu【闔慮:こうりょう】, the King of Wu state【呉の国王】 His reigned 514-496B.C. and wise strategist Master Sun Pu【孫武】who is come from the state of Qi【斉】in China, and he is the author of the Sun Tzu the Art of war.

【日本語】

2,300年前の昔のことです。頭の良い呉の王様「闔慮」【紀元前514~496】と「孫子の兵法」の著者である、頭の切れる「斉」国出身の戦略家「孫武(孫子)」が住んでおりました。

 

【英語】

It was the late period of is Spring and Autumn, Warring states period【春秋戦国時代の後期】in China. And Jomon Period【縄文時代】in Japan. Chinese always fighting between 800 war lords and finally remain the Big 5 warlords Qi【斉】 Shin【普】 So【楚】Shin【秦】and Wu【呉】. Some times these 5 war loads called Kings.

【日本語】

中国の「春秋時代」の後期のことであります。日本では、「縄文時代」での出来事ごとです。中国人は、毎日が戦闘で、800の軍閥が群雄割拠し、最終的には、斉・普・秦・楚・呉の五大軍閥が残りました。この五大軍閥のことを「国」と言う場合もあります。

 

【英語】

 While Japanese live in caves and enjoy rope marked pottery making with out fighting each other like Chinese. Originally Chinese is like war fighting people while Japanese is peace loving people. So there is no need tactics book such as Sun Tzu the Art of war in Japan.

【日本語】

一方、日本人は、小さな島国内で戦いもなく、洞穴居住区などに住み縄模様を付けた陶芸などをたしなみ、中国人のように互いに戦うことなく、楽しんでおりました。本来、中国人は闘争心のみなぎった国民であり、一方、日本人は平和を愛する国民でありました。従って、『孫子の兵法』と言うような戦術は、無用でした。

 

【英語】

King of Wu was ambitious person so he wanted to make country big by conquering the neighboring country by military power. So the King Wu wanted to recruit head able military advisor. That is head-hunting.

【日本語】

呉の国王は、野心家であり、軍事力で隣国を征服して大きな国家を作り上げようと思い、有能な軍師を募集することにしました。つまりヘッド・ハンティングです。

 

【英語】

One day the King of Wu, He Lu summoned Master Sun Pu, the name of Sun Tzu’s young age, he is the author of “Sun Tzu the Art of War”.  

【日本語】

ある日のこと、呉の国王「闔慮」【コウリョ】は、孫武を呼んで、尋ねた。孫武とは、孫子の若い頃の名前で、孫子の兵法の著者でもありました。

 

【英語】

King He Lu said to Sun Pu I like to study the strategy and tactics very much, more than rice eating, and I have carefully read many other reference books on strategy and tactics. But these reference books are not fun for me at all. But only your “Sun Tzu the Art of War” which is consist thirteen chapters is different. The Sun Tzu the art of war is very interesting for me. Especially the first Chapter of Sun Tzu the Art of War is very good, first phrase “War is a grave concern of the country; it is the ground of death and life, the path survival and destruction, so it must be studied well” So I red carefully the thirteen Chapters of your tactics book from the start to the end in many times. All most forget sleeping and eating.

【日本語】

国王「闔慮」【コウリョ】は言った。「我輩は、戦略や戦術の勉強が大好きで、飯よりも好きだ。しかし、どの戦略・戦術書を読んでも面白ろうない。ところが、お前の書いた、孫子の兵法は、大変面白かったぞ。特に、第一篇の『兵は、国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからず』は名文である。十三編から成るお前の戦術書を、俺は、隅から隅まで、仔細に注意深く全て読んだ。お前の戦術書は、なかなか面白かったので、つい寝食を忘れて読んでしまった。褒めて遣わすぞ」。←*:「竹簡:bamboo stripe book」

 

【英語】

High Excellency, I am very glad and thanks with at most respectfulreplied Master Sun Pu. And said “My Sun Tzu the Art of War is sold tremendously well, so the price of bamboo and woods goes up like a sky rocket, because of my tactics book is write down on bamboo strips or wood strips with brush pen”

And also my bamboo strip and wooden strip of the Art of war version is very popular to merchant for selling strategy of the goods”

【日本語】

「ハハー。 お褒めを賜り、恐悦至極!身に余る光栄でございます」と孫子は言った。「お蔭様で、私の戦術書「孫子の兵法」は皆様からも、絶大なる、ご好評を得ております。そして竹簡や木簡に筆で書かれておりますので、材木や竹の価格が鰻登りで高騰したので、少々、心を痛めております。何故ならば、私の竹簡本や木簡本は、竹や木の上に毛筆を使用して書かれているからです。」

 

【英語】

Sun Pu saidMy Sun Tzu the Art of war consist about thirteen thousand of Chinese characters in total, and needs approximately one thousand bamboo or wood slips need to write it down on bamboo slips or wood slip. This total volume is full of one ox cart. So the price of bamboo and wood sky rocketing. And bamboo bush are small year by year, so the population of giant panda is smaller and smaller”

【日本語】

孫武は言った「私の『孫子の兵法』は、30万文字で、木管や竹管の上に筆で書かれております。一千本の木や竹が必要であり、これは牛車一台分の量です。従って、竹 が少なくなり、これを餌とする「パンダ」の生息数が減少したと聞いております。

「何に?材木や竹の値段が、上がったと?」と王は言った。

「ハイ。私の兵法書は、合計すると、牛車一台にもなります。ハイ。そして、更に、竹薮も年々少なくなり、パンダが食料不足となり、パンだの生息数が減少したと聞いております。

 

【英語】

 “Is that so, I understand” By the way, is that your Sun Tzu the art of war is useful in real combat too? Or only “a paper tiger”???asked the King of Wu.  

“Your majesty, yes of cause my book is not a paper tiger. It is very useful in the real combat and also combat proved tactics too, Sir” replied Master Sun Pu”

 “Your majesty, yes of cause my book is not a paper tiger. It is very useful in the real combat and also combat proved tactics, Sir” replied Master Sun Pu, the writer of Sun Tzu the Art of war.”

【日本語】

「左様であったか。良く分かった。ところでだ。お前の戦術とやらは、実戦に役立つのかな???ヒョットしたら、只の『張子の虎』ではないのかな???」

「もちろん、お役に立ちますとも閣下。私の本は、張子のトラではありません。大変有益な本であります。そして実戦で実証済みであります」と孫子は、即座に答えた。

 

【英語】

“My Sun Tzu’s the Art of War called the tactics for the weaker which is a small and weak army defeat the strong and big army perfectly. And also my book gets good reputation from merchant for real business reference books.”

“Today it is said, the world of the survival of the fittest, that is the law of jangle, to learn and master the Sun Tzu the art of war you will become from loser group to winner group with out fail.”

Oh! Is that so. I understand perfect.said the King of Wu

【日本語】

私の『孫子の兵法』は、「弱者の戦法」と言われており、小さな弱い軍隊が、大きな強い軍隊をコテンパーに打ち破るための戦術で御座います。

そして、事の他、実際に、日々、商売をしている商人からも参考書であると好評を得ております。私の戦術を書き記した木管版や竹管版「孫子の兵法」は、商人の物品販売の戦略手引書として、いまや引っ張り凧であります。『孫子の兵法は、弱者の戦法也。弱肉強食の世の負け組みから、勝ち組への道也。軽んずる可からず』と。

「そうか、そうか、よく分かった」と呉の国王「闔慮」【コウリョ】は答えた。

 

【英語】

And the King He Lu said to Sun Pu I under stand you have a lots of knowledge on strategy and tactics which is necessary for military advisor. Oral test is already end at this moment, and then proceed to practical exam. Next test is a little bit difficult for you”

【日本語】

闔慮王は、孫武に言った。「私は、お前が、我が軍の軍師として必要な、戦略と戦術に関して、十分な知識を持っていることが判った。「口述試験は、これで終わった。」「今度は、少々手ごわいぞ」

 

【英語】

”Can you possible to give me some examples which prove your tactics is useful in real combat by conducting a small field demonstration of the drilling or mock combat on the parade ground ? And this is employment test of my army general, the military advisor on operations too”

【日本語】

国王は、孫武に尋ねた。「我輩のために、お前の戦術が、実戦においても十分に役立つことを、実員を使用して、パレード場において模範展示など、しては、くれまいか?」「これは、軍師として、お主が、有能か、否かの採用試験でもある」

 

【英語】

“Certainly Sir ! It is my great pleasure, High Excellency. I will show you the perfect drill by use of troops with sward and shield” Sun Tzu replied.

【日本語】

「ハッハー 畏まりました!喜んで実施しますとも」と孫武は、答えた。「閣下!喜んで実施致します。剣と盾を持った武装兵士の徒歩教練を実施してお目に掛けます」と孫武は答えた。

 

【英語】

King He Lu【闔慮】said to Sun PuMy test quite a bit difficult. I am no interest mail training at all. Can your demonstration with untrained female in stead of trained mail soldiers? Is that OK?”

【日本語】

国王闔慮は、孫武に言った「私の試験は、少々難しいぞ。我輩は、男性の兵士の訓練には、全然興味がない。男性の兵士の代わりに、女性でも大丈夫かな?」

 

【英語】

“Yes of cause I can, High Excellency.” said Master Sun Pu. ”To command a team of beautiful ladies is my favorite and strong points too”

Can you command female? not mail soldiers

“ Yes of course. To command a team of beautiful ladies is my favorite and strong point too” said Sun Pu.

“So you do your best. And I am looking forward to nice beautiful ladies drill from pared stand ” Good luck. Do your best said King He Lu【闔慮】

【日本語】

「もちろん大丈夫であります閣下!」。「美女のチームを指揮することは、私の最も得意とするところであります」と孫武は答えた。

「楽しみにしているぞ。頑張ってくれ!」と闔慮国王は答えた。

 

【英語】

The king authorized Sun Pu to use his favorite one hundred and eighty beautiful ladies of the harem as make shift drill soldiers. And one hundred and eighty of His Majesty’s beautiful concubines were summoned from the inner concubine living apartments of the palace.

【日本語】

国王は、自分が保有する美しい180名の女官達を、徒歩教練の駒として、孫武が、使用することを許可した。国王の命令で、急遽、大奥から国王閣下の180人の女官達が居住地域から掻き集められた。

 

【英語】

Sun Pu divided them two groups and organized two female King’s guard companies.

Master Sun Po divided these ladies into two groups and organized two make-shift companies which name given “King’s Beautiful Lady Guard”. And put the king’s most favorite concubines as female company commanders.

【日本語】

孫武は、これらの女軍団を二つに分けて、二個中隊を編成し『美女国王警護隊』を編成した。そして、国王が最も寵愛する女官を中隊長にした。

 

【英語】

Today, I have activate King’s Lady Guard here, which consists two Companies. Needless to say selected these company commanders are both beloved concubines of the King, the number one and the number two.

【日本語】

「本日、ここに、本官は、二個中隊からなる『美女国王警護隊』を編成した」。言うまでもないことであるが、それぞれの中隊長には、国王の最も愛する女性のナンバー ワンとナンバー ツーを指定したのである。

 

【英語】

Sun Po selected and designated A company commander, the 「沈魚落雁」の美女that is “Beautiful lady lets fish forget swimming and goose forgets flying.”  And also selected B company commander, the 「羞花閉月」の美女 that is ”Beautiful lady causes the flower to be ashamed of one’s beautiful shapes and the moon to hides in clouds to ashamed of one’s beautiful looks”

【日本語】

孫武は、A中隊長には、国王の寵愛する「沈魚落雁」の美女を、B中隊長には、これまた国王の寵愛する「羞花閉月」の美女を、それぞれ割り当てた。

「沈魚落雁」の美女とは、「魚と雁がその美人の美貌に魅せられて、うっとりとして、魚は、つい泳ぐことを忘れてしまい、池の底に沈んでしまい、雁は、飛ぶことわすれて落っこちるような美貌の女性である」。

「羞花閉月」の美女とは、「そ美しさを自慢している花も月も、美人の美貌にビックリ仰天、己の姿を恥じて、花は萎れ、月は雲間に隠れてしまうほどの美女であった。

 

【英語】

Master Sun Pu ordered each of the female to take a halberd as weapon. The halberd is weapon a lance with axe.

【日本語】

孫武は、これらの美女兵士に、それぞれ『戟』を武器として持たせた。『戟』とは、「斧」付きの「槍」りである。

 

【英語】

And Sun Pu said to all female soldiers. “Today I have activated the King Lady Guard in hear. The mission of this Guard is escort the King at the emergency and the last defense line of King’s guard. So your mission is heavy and vital. Are you ready?” Yes Sir.

All the lady replied “Yes we can Sir.” with large yellow voice in simultaneously.

【日本語】

『本日、ここに、小職は、ここに国王警護隊を編成した。この警護隊は、有事の際に、国王の命をお守りする最後の砦であり、その任務は、重、且つ大である』と孫武は、全女性警護隊員に対して言った。「分かったな」。『ハーイ!』

全員、異口同音に「ハ~イ!出来ますとも」と一斉に大きな黄色い声で答えた。

 

【英語】

Master Sun Pu said to all the members of female soldiers. ”Let us starts the drill with a halberd. You must move as my orders. For examples if I saidForward march !you must walking forward with a halberd【鉾槍】. Do you understand?

“Yes sir ” All female soldiers said big yellow voice simultaneously.

【日本語】

孫武は、女性兵士全員に言った。「今から戟を持って訓練を始めよう。お前達は、私の命令に従って動かなければならない。例えば「前へ進め!」と号令したならば、前に進まなければならないと。「分かったな」

「ハ~イ!」一斉に黄色い声で答えた。

 

【英訳】

Master Sun Pu also said to all female soldiersToday our king inspect of all of you, that is our King guard Companies receive inspection of after the end of this drill. When our King passes through our front, in that time I order you “Eyes right!” with big voice. “When I give the order “Eyes right!” you look right who is good looking.”

Sun Pu said “Can you understand?” ”Yes, We can” said all woman with big voice.

【日本語】

孫武は、女性隊員全員に言った。「我が王が、今日、この教練が終了後に、わが国王が女性警護隊を検閲される。国王が我々の前を通過する際、私が『頭右』と大声で「号令」を下したら、お前達は、「右に向けて」、国王の顔を見ること。いいですか、目を見るのだぞ。すると国王は、答礼をなされる。誰が最も美しいかという見地で皆さんそれぞれの顔を見られますゾ。「分かったかな?」と孫武は言った。「はい。わかりました」と全ての女性が大きな声で答えた。

 

【英語】

“When I give the order “Eyes right!” you must look to the right “Can you understand?”

”Yes, we can understand” replied the all women in simultaneous with yellow voice.

Master Sun Pu said, “If I orderRight face !you must turn your position to right. And I orderedRight flank march!you must marching toward right direction. Do you understand?”

【日本語】

「私が、『頭右!』と号令した場合には、お前たちは、顔を右に向けるのだぞ!分かったな?」「分かりました」と全員が同時に黄色い声で答えた。

孫武は「若し私が『右向け、右!』と言ったら、右に向くのだぞ。そして私が「右向け、前へ進め!」と号令したら、右の方向に前進しなければならないのである。分かったかな?

 

【英語】

“By the way, can you understand which side is “right”, and which side is “left”?”

All female soldiers said “Yes, of course we know, we understand”

【日本語】

『ところで、お前たちは、どちら側が「右」で、どちら側が「左」か、分るかな?』と孫子が言った。『分ります!』『知っていますとも!』と彼女達全員が答えた。

 

【英語】

Master Sun Pu said “Good.” Answer is “The right hand is holding chop sticks hand and left hand is bowel hold hand.”

“May I have a question Sir?” said one of the female soldier. 

“Yes of course.”

“I am left-hand person, so I hold the rice bowel right hand and the chop stick by left hand.”

 

 

【日本語】

孫武は『右手とは、お箸を持つ手で、左手とは、お茶碗を持つ手である』と説明した。

『クッ クッ クッ。教官質問があります』

「私は、左ギッチョで、お茶碗を右手に、お箸を左手で持ちます・・・・・」

『ギョギョギョのギョ?????・・・・・・・』

 

【英語】

“Then before the start of drill, I will explain the rules and regulations on this drill a little bit.” said Sun Pu. He explain the order and it’s action in detail.

【日本語】

『では、訓練をする前に、我輩が、本訓練実施方法の約束事について若干説明をする』と孫武は言った。孫武は、号令とそれに対応した動作を事細かに丁寧に説明した。

 

【英語】

And the man who stand front of you with stern face looking is execution personnel! “If you do not obey my drill order I will kill you by his large axe. The large axe wants chop off beautiful ladies head. Do you understand?” No answer at all from female soldier.

【日本語】

『お前たちの前に、厳めしい顔つきで立っているのは、死刑執行間であるぞ!お前たちが私の命令に従わないときには、手に持っている、その大きな斧でお前らの首を切ることになるのであるぞ。分かったな?』・・・・女性軍からはまったく答え無し。

 

【英語】

Master Sun Pu explained “the order” and “the signal” in detail. In case of my oral order can not hear, you must do act when you hear chimes and drum. You must advance when you hear “ the sounds of drum” and when you hear “the sounds of chime” you must retreat at once.

【日本語】

孫武は、「号令」と「信号」について、細部にわたり説明した。私の号令が聞こえない時には、「太鼓の音」や「鐘の音」を聞いて動くこと。「太鼓の音」は、前進をする。反対に、「鐘の音」が聞こえた時には、すぐに退却するのだぞ。

 

【英語】

Master Sun Pu starts the drill. But both companies do not play well, female soldiers only burst out laughing to hear the Sound of drum or the Sound of chime.

【日本語】

孫武は、訓練を開始した。しかし、両中隊ともうまく行きませんでした。だだ「太鼓の音」と「鐘の音」聞いて笑いこけるのみであった。

 

【英語】

And Master Sun Pu explained again. When you can not hear my order, you can hear the sound of drum. If you cannot hear my voice, you must take an action by the sound of drums and chimes. Sounds of drum means go forward. And sound of chime means retreat. When you hear my order “Rear, March!” you must turn around and the walking back word. This time the chime rung, this means retreat Do you under stand?

“Yes, I understand Sir.” All of the female soldier replied simultaneously with yellow big voice.

【日本語】

孫武は、再び、説明した。私の命令が聞き取れない時には、「太鼓の音」や「鐘の音」を聞くこと。「太鼓の音」は、前進をする。反対に、「鐘の音」が聞こえた時には、退却するのだぞ。分ったな。

「良く分かりました」と全隊員が異句同音、大声で答えた。

 

【英語】

And Sun Pu also explain the drill order such as “Attention!”, “Parade rest!”, “Eyes left”, “Eyes front”, “Eyes right!” ………and the signals on the drum and chimes such as face left, face right, and face front, to the rear, knelt and rose all in strict manners accordance with designate drill. They did not dare to make the slights coughing and noise.

【日本語】

孫武は、また『気を付け!』『整列休め!』『頭右!』『頭中!』『頭左!』・・・等の号令や指示と太鼓やドラムや旗の持つ意味をこと細かに説明した。この間、彼女達は、孫武の説明を咳一つ立てずに聞いていた。

 

【英語】

Sun Pu explain order, signal, chime and drums in detail again and again.

【日本語】

孫武は、「命令」と「信号」、「鐘」や「太鼓」についてもこと細かに何度も説明した。

 

【英語】

Master Sun Pue training again and again, but girl soldiers do not have a will to obey the Sun Pue’s order at all. And Sun Pue gets angry at last.

【日本語】

孫武は、再度、何度も訓練を実施した。がしかしながら、彼女達は、命令を守ろうとする意志は、微塵も有りませんでした。ついに孫武は、怒りました。

 

【英語】

      Your soldier do not obey my command order is depend on no management of Company commander to their subordinate soldiers at all, only watching all of these consequences. So it is negligence of company commander duty. Company commander must take responsibility. I shall be executes the two Company commanders, that is chop off the head with Big axes.

【日本語】

私の命令どおりに、兵士が動かないのは、兵士を監督する二人の中隊長の監督不行き届きである。すなわち、中隊長の職務怠慢である。中隊長は、責任を取らなければならない。従って、二人の中隊長の処刑をただいまより実施する。今から、中隊長の首を刎ねる。

 

【英語】

King watched this drill training from the parade reviewing stand at the corner of the parade ground. To chopping off my favorite female company commander heads are too heavy punishments. Two commanders are my favorite concubines. King called messenger and dispatched to Sun Pu, to stop this execution at once.

I already know and admit you have enough ability as a commanding general. Chop off head punishment too heavy punishment. Stop the execution. Without these two my favorite concubines, eating food will not pass through my throat with sadness. So King order that “Execution to must be stop”

 

【日本語】

国王は、これらの教練を、パレード場の隅にある観閲台からじっと見ていた。中隊長の首を刎ねるとは、何が何でも、刑罰が重すぎる。これら二人の指揮官は、我輩の大好きな女官でもある。そこで、国王は、伝令を呼んで、孫武にこの『処刑命令』を直ちに取り消すようにと命じた。

中隊長の首を刎ねるとは、少々刑罰が厳しすぎる。私は、汝が将軍職の指揮官としての能力が十分備えていることは、充分に分かった。寵妃が死ぬと悲しさのあまり、食事も喉を通らない。孫武に「女性の処刑を辞めるべく伝えよ」と。

 

【英語】

Master Sun Pu said “No” He said once again “If my orders are not clear, and my commands and signal not properly understand, this is my fault, and I take responsibility as general, it was blame to me.

【日本語】

孫武は、言った「だめです!」と。孫武は、再び言った「私の命令が不明瞭で、私の指揮・命令や信号が良く分からないのであれば、私の責任です。その責任は、私にあるので、その責任は、私が取ります」

 

【英語】

But Sun Pu refused this King’s this order. And Master Sun Tzu said “Making a law and order and organization system including to understanding them to all the ladies is my responsibilities. But the ladies to know all of them, but only do not work even them know well. Even know well what should be done. But do not work well is company commanders management responsibilities. That is not my responsibility.

【日本語】

しかしながら、孫武は、王の提案を断った。そして孫武は『法や規則や組織を作成し、説明し、理解させるのは、私の責任であります。しかしながら、今回は、これらの事項について、彼女達は、よく理解していた。よく理解しているのにもかかわらず、これを実行に移さなかった。うまく機能しなかったのは、中隊長の監督責任であり、私の責任ではない。

 

【英語】

Sun Pu said to the messenger boy “Please inform to His Majesty my theory and opinion. To making organization and regulations are my responsibility as a general and advisor. If the meaning of orders and regulations are difficult to understand or do not match the present drill situation, it’s my responsibility. But this time my orders are clear and perfect. These female soldiers can hear and understand my order very well. This time both rules and system are good, but female soldier do not work properly. This is the responsibility of two company commanders as a site manager. So I must execute two female commanders as delinquency and neglect of her job as company commander. Do you understand, High Excellency..  

【日本語】

孫武は、使者に言った。「国王の所に帰って、私の理論や考えを直接伝えて下さい。組織や規則を作ることは、私の責任であります。組織や規則不備で、兵士が理解する事が出来なかったり現状に合ってあっていないのであれば、全て私の責任であります。しかしながら、今回の場合は、私の命令は明確であり、完璧なものでありました。女性兵士達は、私の命令や号令も良く聴き取ることが出来たし、また理解する事もできました。しかし、女性兵士は、意図道理に動かなかった。これは、明らかに、両中隊長の現場指揮監督官としての責任であります。したがって、私は、この二人の女性指揮官を職務怠慢で処罰しなければならないのです。お分かりですか?!

 

 

【英語】 

This commander of the Female Kings Guard is I my self. The appointment or discharge on me as instructor is King’s authority so I will obey King’s order. I will follow without any objection on King’s order to quit the job as instructor. But this job as a drill instructor is not King’s authority but my authority, the matter of female Kings Guard training and punishment belong to me, not King. I am very sorry do not obey the High Majesty order, because my Sun Tzu the Art of War Chapter 8 Nine variable tactics said that : The Sun Pu myself, having received from his commanding authority from king. But there are some orders even from the king, enable to obey for general. So I can not obey this High Excellency order. To make my week troop stronger is my responsibility and authority. I am not enable to obey on this matter even the King’s order at this point”

【日本語】

孫武は、使者に言った。「国王の所に帰って、私の考えを直接伝えて下さい。この女性国王警護隊の指揮官は、私です。教官の採用若しくは解雇については、国王の権限でありますので、私は、異論なく従います。しかしながら、訓練教官の実施する訓練や懲罰は、私の責任であり、私の権限であります。国王の権限ではありません。部隊の指揮官は、私です。部隊を指揮している間には、君命たりとて、聞けない場合があるます。軟弱な私の部隊を精強にするのが私の職務であります。これは国王の関わる問題ではありません。孫子の兵法の第8章「九変篇に書いて御座います」」と国王に伝えて下さいと。

 

【英語】

But the ladies do not obey my order even they know what should be to hear my order but do no obey my order is both Companies commander’s supervised responsibility. In this case, two company commanders have responsibilities to supervise here subordinate female soldiers. Both of commanders do not their job. That is negligence of duty. So execution is quite natural”

【日本語】

『しかしながら、彼女達は、私の命令を理解し、何をしなければならなかを知っているのにも関わらず、私の命令に従わないのは、中隊長の責任であり、監督不届きである。二人の中隊長の責任であり、職務怠慢である。したがって、処罰は当然である。

 

【英語】

Master Sun Pu ordered the executioner to chop off the head of two company commander. The executioner executed the two beautiful female company commander with an axe as examples to show the rest of female soldiers at once. That is this execution is conducted as a lesson warning to all the female soldiers.

【日本語】

    孫武は、処刑人に二人の中隊長の首を刎ねることを命令した。首切り処刑人は、この二人の中隊長の首を刎ねてしまった。二人の中隊長は、直ちに処刑された。この処刑は、見せしめのものであった。

 

【英語】

After that Sun Pu designated next in command seniors as new two company commanders. And start drill again, this time drill is good performance and perfect.

【日本語】

    その後、孫武は、次級者2名を中隊長に指名し、そして、訓練を再開した。今回は、徒歩教練は、上手に行われ完璧であった。

 

【英語】

The two concubines next in rank were now designated as new company commanders. Once again Master Sun Pu beat the drum and chime. This time the ladies faced left, face right, marched forward, marched backward, kneel all in the strictest conformity to Master Sun Pu’s commands and signals. Once again, confirmation drill, Master Sun Pu beat the drum. This time the ladies faced left, faced right, marched forward, marched, marched backyard, knelt all in the strictest conformity to the Master Sun Pu’s commands, and all in total silence. Confirmation drill again. Afterward he submitted fallowing report to the king.

【日本語】

そして、孫武は、次級者を中隊長に任命し、再度訓練を実施した。つい先ほどとは、打って変わって、女達の態度は、真剣そのものであった。孫子の号令に合わせて、一糸乱れぬ行動を取り、無駄話をするものもいなかった。部隊は、たちどころに精鋭となったのである。そして、孫武は、国王に対して、以下のような報告を実施した。

 

【英語】

Sun Pu said to King “Your Majesty’s Beautiful Kings Guard have now been correctly drilled and perfect. Please Your Majesty inspection them. They will perform Your Majesty’s order. They will go through even through fire and flood for Your Majesty’s sake without any hesitation. They are carry out Banzai attack with pleasure even in desperate war”

【日本語】

孫武は、国王に言った。「閣下の美女護衛隊は、正規に訓練が出来るようになりました。完全で御座います。いずれの部隊も精鋭でございます。」「閣下!検閲をお願い致します。彼女達は、閣下の命令どおりに行動します。彼女達は、閣下のために、『水の中』、『火の中』何の躊躇いも無く悦んで飛び込んで行きます」「彼女達は、勝ち目のない戦いと言えども、陛下のため『万歳突撃』を喜んで実施します」と。

 

【英語】

Sun Pu said To making organization and regulation is my responsibilities as general. If the meaning of order and regulation is difficult to understand or do not match the present situations is my responsibility. But this time my orders were clear and perfect. These female soldiers can hear and understand my order very well. This time rules are established and system is good, but female soldier do not work properly. This is the responsibility of two company commanders as on site manager. So I must execute two female commanders as delinquency and neglect of his job. Do you understand?

【日本語】

孫武は言った「法令や法規や組織を作るのは、将軍としての私の仕事である。約束事が分かりづらく、説明が不十分であったとすれば、将軍たる私の責任である。だが今回は、私の命令は、明瞭であり、全員が完璧に理解していた。しかしながら実行されなかった。何故か?これは、命令を実行させる現場の指揮官たる中隊長の管理者としての責任である。お分かりかな?」

 

【英語】

The king said to Master Sun Pu “You are well done. But I am not so happy but fee sad, you may take a rest at BOQ” “I have no desire to inspect my female troops” and return to Kings living quarters with sad feeling and anger.

Sun Pu said with big voice “Yes, Sir. I understand”

【日本語】

国王は言った。「よくやった」。「我輩は、とてもそんな気分にはなれない」「もう、お前、下がって幹部宿舎に帰って宜しい」。「我輩は、私の部隊を検閲する気は、毛頭ない」と国王は怒りを込めて言った。そして寂しい気持ちで去って行った。

「閣下!了解致しました」と孫武は大声で言った。

 

【英語】

Sun Pu think himself and murmured in small voice” Our King He Lu【闔慮】is only like making a plastic model making and interest in military as the military freak. But it seems dislike real combat” And Sun Pu believe firmly that my tactics, art of war, the chapter eleventh, the Nine types of Grounds. ”When the soldiers put into the hard place where no escape, they stand firm and fight with all one’s abilities” is right.

【日本語】

「どうやら、我が国王闔慮は、プラモデル造りが大好きで、軍事オタクとしての知識がおありであるが、実戦には不得手のご様子ですな」と孫武が呟いた。そしてなによりも、「私の戦術書の第11編『九地篇』:『これを死地に陥れ、然る後に生く』は正しかったと確信したのであった。

 

【英語】

With this incident, King He Lu uncomfortable for Master Sun Pu’s conducts but the King He Lu acknowledged Master Sun Pu’s capacity and employed him as military advisor of the King and commanding general of the three total armies.

To the west, he conquers the state of Chu【楚】, entering the city of Ying. To the north, he struck fear into the states of Qi【斉】 and Chin【晋】and become renounced among federal loads. And Master Sun shared in King’s might

King He-Lu and General Sun Pu subjugate country such as『斉』『越』『普』and finally the strong enemy『楚』and expand 『呉』territory all over China.

【日本語】

この出来事の後、呉の国王、「闔慮」【コウリョ】は、孫武に不快感をいだいたものの、彼が軍の指揮官として大変優れている事を知り、軍師として採用し、助言を得るともに、彼を将軍に取立て、全軍を指揮させた。呉の国王、「闔慮」【コウリョ】は、その後、「斉」、「越」、「普」を配下に入れ、西の強国「楚」を破って、強国となった。

 

【英語】

The corner of the parade ground where Sun Pu trained the Woman Kings Guard and two beautiful the same-class company commanders executed 2,500 years ago. To day some one said, when autumn comes, every year beautiful red poppy flowers are blooming and spring came beautiful cherry blossom are in full bloom. Two King’s ladies guard company commanders and young days of Sun Tzue are reminds of pople.

 

↑* Cherry blossom of the EDAJIMA Naval academy

 

♪♪♪

You and I am same classmate of Naval academy,

Cherry Blossom on the same branch of tree at the garden of Naval academy.

Cherry blossoms know the simultaneously scatter in the spring wind is beautiful.

Let us scatter like the cherry blossom in the spring wind for Nation

in an emergency.

Blossoms in the wind, fallen for our country

♪♪♪

“Flower is cherry blossoms. Mountain is Fuji. Man is Samurai. And this is the most important. Tactics is not Staff officer’s field manual, but Sun Tzu the Art of War” So you must become Commanding General without fail.

【日本語】

2500年前、孫武によって処刑された国王美女護衛中隊の二人の同期中隊長の処刑された庭の片隅には、毎年、秋になると、決まって、美しい真っ赤な「ケシ」の花が咲き、春になると桜が満開になると言う。在りし日の孫子のことを思い起こさせる。

♪♪♪

貴様と俺は同期の桜

兵学校の庭に咲く

咲いた花なら

見事散りましょ国のため

♪♪♪

花は、桜。

山は、富士。

人は、武士。

そして、これが最も大切なことであるが、戦術は、野外幕僚勤務教範【FM101】ではなく『孫子の兵法』ですぞ!


 

参考資料:

執銃徒歩教練号令集: Orders of Arms drill

「前へ!」 Forward!

「前へ進め!」 Forward march!

「回れ右!」 About face!

「回れ進め!」 To the Rear, March!

「右へならえ!」 Dress right!

「右へならえ!整頓!」 Dress right, Dress!

「右むけ~右!」 Right face!

「右むけ、前へ進め!」 Right flank, march!

「左へならえ!」 Dress left!

「右へならえ!整頓!」 Dress left, Dress!

「右むけ~右!」 Left face!

「右むけ、前へ進め!」 Left flank, march!

「駆け足!」 Double time!

「駆け足、前へ進め!」 Double time, March!

「頭右!」 Eyes right!

「頭中!」 Eyes front!

「頭左!」 Eyes left!

「回れ進め!」 To the rear, March!

「集まれ!」 Fall in!

「足踏み、前へ進め!」 Mark time, March!

「足踏み、進め!」 Mark time!

「捧げ銃!」 Present arms!

「立て銃!」 Order arms!

「控え銃!」 Port Arms!

「銃点検!」 Inspection Arms!

「吊れ銃!」 Sling Arms!

「付け剣!」 Fix bayonet!

「歩調を変え!」 Change foot!

「歩調を数え!」 Count cadence!

「叉銃!」 Stuck arms!

「解け銃!」 Take arms!

 

覚えておこう『四字熟語』:

 

無理難題  【 むりなんだい          

Difficult and unreasonable demands which can not to be materialized or execution.

Unreasonable demands or orders to be obey and execution.

Unanswerable questions or demands which are to be attain.

Difficult questions to solve.

「無理」 means “ Unreasonable or difficult to solve”

「難題」 means “ Difficult questions or impossible works to obey

 実現不可能な難題や解決出来ない問題を提起すること。

 

快刀乱麻  【かいとうらんま】

Cut the Gordian knot with sharp sword.                                                       

To solve complicated problems decisively.

Cut the Gordian knot skillfully.

To solve complicated problems decisively as if cut entangled kinked knot by sharp sward.

「快刀」 means “ Sharp sword.”

「乱麻」 means “ Cutting entangled kinked knot. ”

 複雑な問題を「切れ味の良い刀で、もつれた麻を断ち切る」ように、あっさりと、鮮やかに、みごとに処理すること。

 

沈魚落雁  【 ちんぎょらくがん 】     

Beautiful lady is very dangerous for gentlemen but he can not notice. But fish and goose notice it… Fish can sense the danger instantly and escape and hide in bottom of pond and also goose sense danger give up fling in the air and hide in bush.                                                           

Beautiful lady makes fish forget how to swim and goose forget how to fly in the sky…

「沈魚」 means “ Fish swimming in water go sink to bottom and hide with fear. ”

「落雁」 means “ Goose stop flying in the air and dive into bush with danger “

or

「沈魚」 means “ Fish forget how to swim because of charming of beautiful lady. ”

「落雁」 means “ Goose stop flying because of charming of beautiful lady.

 その絶世の美貌を見て、動物までがビックリ仰天。魚は、恥ずかしさのあまり、水底に姿を隠し、雁は、その美しさに見とれて、飛ぶ事を忘れて、地上に落っこちてしまった。

Comment  : This is best praised word for ladies. And also teaching of Chuang-tun 荘子(BC400 in China. ). The danger of beautiful lady cannot perceive it, but fish and bird sense it instinctively. And also another interpretation is “Fish and goose to fine beautiful lady to hide in the bottom of the river or in the bush because ashamed of own appearance”

See ⇒ 「羞花閉月」、「一顧傾城」、「一顧傾国」、「傾国美女」

 

羞花閉月 【 しゅうかへいげつ 】

A beautiful woman causes the flower to be ashamed and the moon to hides in clouds.

「羞花」 means “ Beautiful flower ashamed of on ones beauty. ”

「閉月」 means “ Moon hide in the cloud to ashamed of ones beautiful looks.”

 花も恥じらい、月も恥ずかしくて、隠れてしまう程の美人。

 

 

 

英語de軍事『四字熟語』 VOL.04

山本の似顔絵

こんにちは、山本です。

こんにちは、山本です。

◎『貧者一灯』

英語de軍事『四字熟語』 VOL.4

 

不肖、山本がJICAの長期専門家として、カンボディアに派遣されることになり、市ヶ谷の研修で事前教育を受けた時のことです。新宿のJICA本部で、一本のすばらしいビデオ・テープが広報室にあった。『カンボディアのプノンペン市内のバス交通網構築支援プロジェクト』と言う内容の記録ビデオであった。JICAの専門家や有識者や大学の都市交通のそうそうたる権威者達の見事な論理構成の下に、大型プロジェクトを推し進めて行く記録映像であった。国際貢献のプロ中のプロであるJICAの職員や大学の教授達の見事までの理論構成の下、大型プロジェクトが推し進められていく様子が、事細かにビデオテープには、記録されていた。日本のODA支援は、かくあるべしと・・・・・・。そして、庶民の足である市営バスのテープ・カット画像映像は、プロが製作したこともあって、不肖山本は、いたく感動した。

 

そして、カンボディア地雷除去活動センター【CMAC】の整備・輸送在庫管理の長期専門家として、カンボディアの首都、プノンペンに赴任した。プノンペン市内の小型バイクの怒涛のような多さに『吃驚仰天』した。ホンダに代表される小型バイクの多さにビックリした。ナンバープレートのないポンコツの小型バイクに、お父さん・お母さんと子供二人、計一家4人乗りのバイクや「山のように積んだ廃油回収用プラス容器」等々が行きかう、まさに『仰天動地』のカンボディア王国であった。しかも、バイクに乗っている者は、いずれも『ヘルメット』なしの『サンダル』履きスタイルであった。日本の交通取締り警官は、これを見たら卒倒するに相違ない。

 

しかし、日本の交通機関問題の権威たる大学の教授達が提案したJICAご推薦の『市内バス運行』プロジェクトのバスは、一台も走っていなかった。JICA本部の広報室で住民の拍手で歓迎されたビデオを見た私は、不思議に思った。ただ、町の繁華街の歩道には、大きな『バス停』があったものの、そこには、バスは、一台もなかった?!そして、このバス停は、歩く人の交通に少々邪魔であるとも私は、思った。【写真参照】

 

 『興味津々』この問題について、調べて見た。結論は、カンボディアの人々は、バスストップの所まで歩いて行くことをしない。歩く事が、嫌いなのである。とても横着なのである。不肖、山本の様に「健康のため」に、炎天下を、汗をかきながら、歩くと言う事を絶対にしないのである。『モトドップ』(単車のタクシー)に乗って、市営バスに乗り換え、また『モトドップ』に乗って、目的地に到達する。こんなに、めんどうなことをするよりは、初めから『モトドップ』に乗ったほうが、目的地まで、速く着き、その上、合計金額は、安価である。つまり、JICA自慢の『プノンペンの公共バスシステム』は、『モトドップ』の利便性に、破れたのである。

 

 『モトドップ』の営業活動は、おんぼろの単車一台さえ持って入れば、誰でも営業活動をすることができる。日本の「タクシー業会のように、参入規制がない。したがって、自由競争の世界であり価格が安い。」

 因みに、床屋さんも同じである、日本のように『業界の規制』がなく、誰でも、『はさみ』と『櫛』と『剃刀』があれば、道路わきや、樹の木陰で、床屋さんが開業できる。したがって、散髪料金は、最高級で1$、一般の安いところでは、2000リエル(40円)である。カンボディアの床屋さんに行って、椅子に座る毎に、日本は、『既得権益』集団国家だと思う。野田総理大臣のTPP参加の英断も、既得権益軍団の猛反対に会っている。

 

CMACの整備工場のボランティア整備員

 

赴任直後、現況把握の為、隷下の6個部隊の車両整備工場と中央整備工場やトレーニング・センターを視察した。CMACの車両整備工場は、大小合わせて8箇所あり、ここで約500両の車両と1500台のオートバイを整備てる。この中には、給料が支払われていないボランティアーと呼ばれている『車両整備員』が大勢いる。彼らは、給料の換わりに、現地の車両幹部や整備員から、車両整備技術を教わり、整備作業に伴った出た廃油や故障部品や屑鉄を支給されるのである。これらを売って、お金を得るのである。

彼らの、切なる、私に対する要望は、『異口同音』、クメール語で書かれた、車両修理の教範が欲しいと。そして、カンボディア国内には、クメール語でかかれた車両の修理の整備参考書が一冊もない事も知った。

そして、『苦心惨憺』して、一冊の分厚いCMACとJICAの車両整備教範(クメール語)が出来上がった。また、この教範の図面は、すべて大型のチャートにすることが出来る優れものでもあった。無論、パソコンにも即対応が出来る優れものであります。カンボディア国内で、クメール語で書かれた車両整備参考書は、これのみで、他には、存在しない。

『我田引水』的な、言い方をすれば、不肖山本の製作した、クメール語で書かれた、車両整備教範は、カンボディア王国に於ける『貧者一灯』であると思っている。

無論、上述したJICAの大型市営バス・プロジェクト事例は、『千慮一矢』であり、すべて否定するものではない。


 

※ プノンペン市のRaffles Hotel Le Royal 前のバスストップ。

 

 

※ ビックリ仰天、カンボディアでは、砲弾の信管や手榴弾を、危険を冒して脱薬をして、石油ランプに改造している事例もある。電気の無い田舎で見られる光景である。この男、大変嬉しそうである。この男(写真参照)大変うれしそうである。JMASの不発弾処理専門家鈴木昭二さんの最も信頼すべき部下。鈴木昭二さんとは、陸上自衛隊の不発弾処理で「この人あり」と言われた、不発弾処理の権威。

老婆が手にしているのは、まさしく「貧者の一灯」の手榴弾の信管を取り、炸薬と脱薬した石油ランプ。お土産に如何ですか。

最近、JICA個人コンサルタントと共に、JICAの地球広場でー『地雷ゼロをめざそう』と『平和構築支援、難民・退役軍人に手に職を』と言う表題で、講話した、直後のことです。

図書館で、SAPIO「サピオ」という週刊誌を見ました。日本のアフガニスタンへの復興支援の記事があり、読んでみると、『バスが来ないバスストップの記事と共に、バス停の写真が載っていました。おやまた、アフガニスタンでもJICAの大型プロジェクト『市営バス・交通システム』は、失敗したのかと、残念に思いました。と同時に、私の英語の車両整備教範や車両工学辞典を『パシュツーン語』や『ダリー語』にした方が、安上がりで、長持ちして、末永く役に立つのではないかと思いました。

 

 

覚えておこう『四字熟語』:

 

貧者一灯  【 ひんじゃ(の)いつとう 】

The donation of a poor and old lady’s donation with heat is better and useful than the donation of many lanterns of rich man’s without heart.

「貧者」 means “ Poor person ”

「一灯」 means “ A lantern “.

 真心のこもった寄進は、たとえ小額であっても、金持ちの多額の寄進に勝るということ。つまり、苦しい生活の中から都合した、老婆の誠意のこもった『一灯の灯り』は、金持ちの寄付した『一万個の灯り』よりも、役立。

Legend 【 言い伝え 】 : 

King Ajase 阿闍世王 who is very rich man in India prepare many pompous lanterns for Buddha lest not stumble on way to from Gionshoja 祇園精舎 to castle at dark night. To see these the King Ajase conducts, an old poor lady imitate this donation of King Ajase and want to buy a paper lantern but she has enough money to buy paper lantern, so she cut off her beautiful long hair and sold and get money. She bought small cheap paper lantern. She set it road side. Next early morning all the paper lanterns which donate by rich man King Ajase black out by lack of oil or by the strong gale but only the cheap lantern which donation by old lady continues burning until next early morning.

インドの阿闍世王が仏の供養の為に、祇園精舎までの暗い夜の道を迷わないようにと、多くの豪華な提灯を用意した。これを見た老婆は、私も阿闍世王にあやかり、仏の功徳を受けたいと思い、阿闍世王の行為の真似をすることにした。しかしながら、この老女は、貧しくて、提灯を買うお金を持っていなかった。そこで、彼女は、長い美しい髪を切って、これを売り、提灯を購入し、仏の通る道に置いた。この老婆の寄贈した提灯は、翌朝まで燃え続けていたが、お金持ちの阿闍世王の寄付した提灯は、灯油が切れたり、強風にあおられたりして、消えてしまい、役に立たなかった。

 

 

驚天動地  【 きょうてんどうち 】      

Astonishing big event occurred which is heaven-surprising and earth-shaking.

Very big impact occurred to shaking the whole world.

「驚天」 means “ Moving the heaven ”

「動地」 means “ Moving the earth ”

 「天を驚かせ、地を動かす」ような、ビックリする出来事。

Comment  : 「オートバイの数の多いこと、多いこと、ビックリしたな~。もう・・・・・」

 

吃驚仰天  【 びつくりぎょうてん 】

Utterly astonishing events.

Very much astonished and look up at sky.

「吃驚」 means “ Astonishing ”

「仰天」 means “ Look up at sky.“

Comment  : 「吃驚」 は、キョキョと読む。驚きを意味する漢語。ギョギョ ギョのギョ。驚いたなあ、もう。 「仰天」 は、驚いて天を仰ぐ。

 

 

興味津津  【 きょうみしんしん 】 興味津々

Full of great interests with fascination.

Gushing out full of interests.

「興味」 means “ Interests ”

「津津」 means “ Gushing out ”

 次々と興味が沸いて来て、尽きることがない。非常に興味深い。

                                                                                                                                                    

苦心惨憺  【 くしんさんたん 】       

To do hard works with great pains to good jobs and attain the big success.

Great pains and terrible feeling status with suffer by lots of hard works.

「苦心」 means “ Hard work with many pains.”

「惨憺」 means “ Terrible state.”

 物事の成功を目指して、苦労を重ねて、あれこれ工夫を凝らすこと。

 

 

我田引水  【 がでんいんすい 】    

Every farmer draws water to his own rice paddy field. That means selfish conducts to seeking one’s own interests.                                                                                                                                                                                 

Turning everything to one’s own advantage, like farmer irrigating water to one’s own rice paddy field.

Every miller draws water to his own mill.

「我田」 means “ My own rice paddy field ”

「引水」 means “ Irrigating water “

 『自分の田にだけ、水を引く』の意味から、自分に都合の良いように言ったり、したりすること。

                                    

千慮一失  【 せんりょ ( の ) いつしつ 】                                                          

One thousand thoughtful shooting of allows by good archer some times will miss hit the target by slip or error. That is even wise man sometimes an error.

「千慮」 means “ One thousand thoughtful shooting of the first rate archer some times will miss hit the target by a slip or err.”

「一矢」 means “ Lost one arrow.”

 絶対に失敗しないと思われた賢明な人でさえも、たまには、思わぬ手抜かりの為に、大失敗することがある。

                                    

千慮一得  【 せんりょ ( の ) いっとく 】                                                           

Stupid person some times only one good suggestion while always one thousand stupid suggestions. 

「千慮」 means “ One thousand useless suggestions.”

「一得」 means “ Only one good suggestion.”

 愚者でも時には、一つぐらいは、良い考えがあるものだ。

 

 

英語de軍事『四字熟語』 VOL.03

山本の似顔絵

こんにちは、山本です。

こんにちは、山本です。

◎『驚天動地』の夜

 8月9日の広島の『原爆の日』の頃になると、ふと思い出すことがある。アフリカのルワンダから、日本に来ていたイスラム原理主義者の青年の言った言葉である。不肖、山本は、オサマ ビン ラディンが画策した9.11事件が起きた、3年間前、昭和金属工業という名の会社の本社工場の工務課長をしていた。この時、『ぎっくり腰』になり、身動きが出来なくなり、救急車で病院にかづき込まれた。1時間程遅れて、大型プレスを操作していて、四本の指を切断する事故を起こした外国人が、私と同じ病室に担ぎこまれて来た。医師と看護婦と負傷者の意思の疎通が出来なかったので、本人の顔を見ることなく、通訳をした。その夜のことである・・・・・・・・・・・・。

 「私は、アフリカのウガンダのトワファと申します。私は、8年間、この日本に住んでいます。日本では、12月になるとどこかのテレビ局が必ず、忠臣蔵を上映します。私、日本人と同じように『忠臣蔵』大好きです。そして大石蔵之助を大変尊敬しています。」「私は、英字新聞Japan Times紙で、毎年日本のヒロシマの原爆記念日の記事を読んで着ました。日本の総理大臣が広島でスピーチした原稿も隅から隅まで全て読んで来ました。しかし、日本の総理大臣は、誰一人として『アメリカに対して復讐を!』とか『アメリカに血を以て償わせる!』と声高らかに宣言した総理は、誰一人として居りませんでした。日本の首相のメンタリティーは、どうなっているのでしょうか?イスラム原理主義者の私には、とても理解することができません。」「日本は、アメリカに何時、広島の復讐するのか、知っていたら、こっそりと私に教えて下さい」と「ギックリ腰」で入院初日の真夜中のことであった。ギョギョギョのギョ。『驚天動地』ビックリ仰天をした夜であった。

 このイスラム原理主義者の青年は、日本人=大石蔵之助、アメリカ人=大石蔵之助とのイメージを抱いているのでした。つまり、日本人=大石蔵之助、アメリカ人=吉良上野介とのイメージを抱いているのでした。泉岳寺のお墓の大石蔵之助もビックリし、ビビット震えたに相違ない。

 そして、翌日、トワファさんに、不肖山本の持論である下記のような『ルーズベル大統領の陰謀』と『連合艦隊の真珠湾攻撃』の話をした

Before the Pearl harbor attack by Japanese Imperial Navy, America get into difficult to maintain selling cotton goods in China market by Japanese cheap cotton goods of good quality. Lots of American cotton manufactures bankrupt. So President Roosevelt suffer the silent pressure from American cotton manufactures Association to restrict selling in China.

US President actively maneuvering in the background (背後で画策) Fist to stop export oil and iron scrap to Japan (石油及びくず鉄の輸出の禁止) .

The best way is “Let the first shot from Japanese “. (最初の一発は、日本から撃たせろ) Then I give big punch to Japan two or three times.

 Because President Roosevelt win the presidential election race by promising for constituents (選挙民) that USA stay out the WWⅡ, that is not to participate the WWⅡ.

An also President Roosevelt does not have the right to declaration of war (宣戦布告の権限) but the right of declaration of war belong to congress.

“So President Roosevelt need the cause of to start the war (戦争を開始する大義名分) against Japan. He ordered the secretary of state (国務長官) Hall to harassment against Japan.

Presidents Roosevelt harassment tactics for Japan, such as prohibit export iron scrap (くず鉄の輸出禁止) and embargo oil (石油の輸出禁止) including criticize (批判) and many accusation (難癖). “One drop of oil is equal one drop of blood” (油の一滴は、血の一滴) This is same principle of “One drop of blood in combat field is equal of one drop of sweat in training” (戦場で流す一滴は、訓練で流す一滴に相当する)となり猛訓練するところと相なった。つまり『窮鼠猫噛』の行動にでたのです。

Japan plan to attack Pearl Harbor after declaration of war against USA. But the Pearl Harbor attack started before the declaration of war. It is illegal on international low. Because of the negligence of duty (職務怠慢) The day before the declaration of war, all the Japanese embassy stuff held farewell party held at Washington, so all stuff hung over can not work well. So Japanese typist can not finished up typing work of the letter of declaration of war on time. Because of slow speed decoding, lack of translation abilities from Japanese to English and no skill of typing abilities because of top secret document can not use American female typist by regulation at Japanese Embassy in Washington D.C.

This Japanese “Declaration war against America” coded by Japanese Foreign  ministry was intercepted by US code breaking “MAGIC” team and decoded and reported to Franklin Roosevelt in advance. He knows the declaration of war in advance.

 このようなことで、外務省の無能官僚により、日本が米国に宣戦布告する前に、戦争を仕掛けたことになってしまった。アメリカの『広島』と『長崎』の原爆投下に対して文句が言えないのです。

 このような話をイスラム原理主義者であるトワファさんに話した。” Is that so! Japan also cheated and falling in American crafty trap too. 『そうかでしたか!日本もアメリカの二枚舌【double standard】で殺られたのか!』と言い、彼は、指が健在であるほうの手で、自分の首元に当て、閉め殺された仕種をした。アメリカ大好きの山本と比べて、余程アメリカが嫌いらしい。

And Saddam Hussein fall down American tap in Gulf War too. “Saddam Hussein was a former faithful Americans Alliance at Iran-Iraqi war and attacked Iran. But this time Saddam already take an American government permission in advance to attack Kuwait. And get tacit understanding attacking Kiewit from Female Ambassador to Kuwait. “United States had no interests in “Arab-Arab conflict”

“U.S Presidents policy is all ways the double standard. And betray, so careful. “

After that Saddam attacked Kuwait. But President Bush change the side quickly by kicked his ass from female cunning fox, Prime Minister Thatcher of United Kingdom.

After 3 years of above midnight incident at hospital, Osama bin Laden said to the world at Cave of the Tora Bora in Afghanistan. “Great Satan, American killed Japanese people by atomic bomb in Hiroshima….”

この病院での出来事から、5年ほど経った、ある日の事である。3.11事件が起きた。そしてオサマ・ビン・ラディンは、アフガニスタンのトラボラボラの洞窟らしきところから、ソ連軍から奪った戦利品のピカピカに手入れをしたAK-47突撃銃を片手に、『大悪魔のアメリカ人は、広島で原爆を使用して大量の日本人を殺した・・・・』と世界に向って言った。トワファさんの言ったことと、「瓜二つ」である。

Once Osama bin Laden said to the Muslim extremist “One day Jihad against atheist in Afghanistan is equal one hundred days pray in mosque at home.”

 オサマ・ビン・ラディンは、アフガニスタンでイスラムの過激派達に『アフガニスタンに於ける無神論者(ソ連兵のこと)に対する『聖戦の1日』は、故郷におけるモスクでの1,000日の祈りに相当する』と・・

 ソ連がアフガニスタン侵攻した時期、不肖山本は『陸上自衛隊の中央資料隊の技術科』に勤務して、アフガニスタンに侵攻したソ連軍の兵器の技術情報を収集していた。

 このオサマ・ビン・ラディンの呼びかけにより、回教徒達は、左手に「コーラン」、右手に「AK-47カラシニコフ突撃銃」、肩に「RPG-7対戦車ロケット弾」を担ぎ、懐には「先祖代々の武士の魂、日本刀ならぬ、イスラム聖戦士の魂『三日月刀』」と『コーラン』を忍ばせ「無神論者の露助にアフガニスタンの国土を蹂躙させるな!」と、怒り狂い、我先にとアフガニスタンの荒野に馳せ参じたのである。ある者は、トヨタのピック・アップの荷台に鈴なりとなり、ある者は、馬やロバに乗り、そして馬やロバを買う金がない者は、徒歩で、オサマ・ビン・ラディンの所にやって来たのである。その極めつけは、「ジハード(聖戦)は、単なる人殺しではない。これに参加し、武運つたなく戦死した者は、来世に行くのに『特急券』が交付され、かつあの世においては『特別な場所』【特等席】が準備され与えられる」と。かつて旧日本軍が、お手本とていた『聖戦思想』―『靖国神社』に行ける-は、アフガニスタンにあった。

 

覚えておこう『四字熟語』

驚天動地【きょうてんどうち】
  • Astonishing big events surprise the heaven and shaking the earth.
  • Astonishing events which is astonish the heaven and moving the earth.

「驚天」 means “Astonish the heaven”

「動地」 means “Moving the earth”

※「天を驚かせ、地を動かす」ような、世間を驚かせるような出来事。

Comment:「ビックリしたな~。もう。」と言っているに相違ない。

窮鼠噛猫【きゅうそごうびょう】
  • A cornered mouse will bit the cat.
  • A cornered mouse bites the cat.

「窮鼠」 means “Cornered mouse.”

「噛猫」 means “Bite the cat.”

※「追い詰められた鼠は、猫をも噛む」。つまり、弱者でも、窮地に追い込まれれば、必死で強者に反撃に出る。

Comment:「窮鼠猫噛」 【きゅうそねこをかむ】とも言う

英語de軍事『四字熟語』 VOL.02

山本の似顔絵

こんにちは、山本です

こんにちは、山本です。

◎満蒙開拓団の悲劇

 1945年8月9日の夏、日本とソ連の間には、『日露不可侵条約』があるにもかかわらず、ソ連軍が突如、ソ満国境を越え、関東軍を攻撃するために、満州国へ怒涛の如く攻め込んで来たのである。その数、ソ連兵150万、航空機3,400機、戦車5,500両、火砲26,000門といわれている。日本とソ連の間には、「日露不可侵条約」が結ばれていたのにもかかわらず、スターリンは、言った。『条約は、破る為にある』と。日本の将兵は「攻撃は、最大の武器と教育され、猛烈果敢な銃剣突撃を実施したものの」敵の圧倒的な機構戦力と火力の下では、成す術が無く『飛んで火にいる夏の虫』と相成った。

 かつて関東軍は、「無敵関東軍」と呼ばれていたが、「連戦連破」のソ軍の進行を留めることは出来なかった。八路軍【中国軍の前身】将校曰く関東軍は「張子の虎」であったと。そして『露助を信用するな!』とも。そして関東軍は、不肖山本を含め、居留民を見捨てて、我さきと、敗走してしまったのである。

 「日本人は、みな殺され、女性は強姦される」という「流言蜚語」が、一瞬のうちに居留民の中に広まり、恐怖のどん底へと、叩き落とされた。うら若き、大和撫子達は、ソ連兵による強姦から逃れる為、丸坊主となり男装をした。そして、『全員玉砕だ!』、『北満の花と散れ!』と勇ましい言葉も出たが、満蒙開拓団には、ソ軍と戦う武器は、皆無であった。そして、沖縄の「集団自決」に見習え!とばかり、涙ながらに「東方遥拝」をし、「天皇陛下万歳!」叫び、万歳三唱し自ら命を絶った者もいた。ソ満国境近くにいた約27万人の満蒙開拓団の多くの人々達は、「集団自決」したのである。

◎Tragedy of Manchuria and Mongolia Development Volunteer Corps

At the summer of August 9, 1945 Joseph Stalin Red Army suddenly across the Manchria-Russian boarder to attack Kwantung Army with 1,500,000 troops, 3,400 air crafts, 5,500 tanks and 26,000 guns and rockets. Even though Japanese-Russian nonaggression treaty existing. Stalin said “Treaty, Japanese-Russian nonaggression treaty, is only exist to tear a thing to pieces and throw it away.” Japanese officer and soldier were taught “Attack is the best weapon of all” and try to bayoneted rife charge with brave courage many times. But assault in vain. As if “Summer insects jump into the bon fire“ under Soviet red army artillery fire.

Once called Kwantung Army is Invincible, but after this incident the nick name of “Kwantung Army” is changed from “Fighting Tiger” to “Paper tiger” by Red Army, Paro officer. And all so said “Do not trust Russky too.” Kwantung Army run away without protecting Japanese residents including Yamamoto myself. Groundless rumor circulated instantly within “Manchuria and Mongolia Development Volunteer Corps” that all the Japanese men are killed and woman are raped by Russky. So young beautiful Japanese lady have her hair clipped and dressed like a man to avoid rape. And “Let us death for honor with glory like a scattered jewels or flowers to attack Soviet force”. But has no weapons to fight at all.

And follow the good example of “Mass civilian suicide“ by Okinawa people. And perform “Mass civilian suicide“ after “Offering salute to distant Emperor as living god who live in the Imperial Palace” with tears. That is lot of personnel of “Manchuria and Mongolia Development Volunteer Corps” near Manchria-Russian boarder performed “Mass civilian suicide“ with shouting BANZAI BANZAI BANZAI three times.

覚えておこう『四字熟語』

流言飛語【りゅうげんひご】
  • groundless rumor
  • false rumor
※根拠の無いデマやうわさ話。
連戦連勝【れんせんれんしょう】
  • successive battles
  • successive victories
  • Wining after wining.
※すべての戦闘に勝ち続けて、向う所に敵なし。
大和撫子【やまとなでしこ】
  • Japanese beautiful young lady who has a good looking with politeness attitudes.
※しとやかで、奥ゆかしく、美しさを持った日本の女性。
集団自決【しゅうだんじけつ】
  • mass civilian suicide
宮城礼拝【きゅじょうれいはい】
  • to offer to the distant Emperor as living God who lives in the Imperial Palace
  • to hold morning service to Imperial Palace where the Emperor lives as living God.
万歳三唱【ばんざいさんしょう】
  • to shout BANZAI three times
周知徹底【しゅうちてってい】
  • to make a matter known to everybody with perfect understand without exception

 そして東条英機の名で出された「戦陣訓」、「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」は、関東軍兵士のみならず、満蒙開拓団の団員の隅々にも「周知徹底」されていたのである。「春爛漫。桜花が散る如く、集団で花吹雪のように散るために自決することが、唯一残された美しい「行動方針」であると固く信じて自殺してしまったのである。(合掌)

I myself lived in near Soviet-Manchurian border and saw the fleet of Soviet Tanks. My first impression of seeing “ The soviet tank fleet, which was consist of 4 Main Battle Tank were like whale. That is the child in mountain area only saw the medaca fish in the brook. That is to see the whale in Ocean in first time is astonishing incident. Only to see Soviet Tanks, Imperial Japanese Imperial Army can not win the Soviet Red Army. And also Russky soldier has a Mandarin sub-machine gun, Japanese soldiers has a single shot type 38 rifle too.

英語de軍事『四字熟語』 VOL.01

山本の似顔絵

こんにちは、山本です

 こんにちは、山本です。

 この連載『英語de軍事「四字熟語」』は、カンボディアのCMAC【カンボディア地雷除去センター】にJICA【国際協力機構】の長期専門家として派遣された時に思いついたものであります。カンボディアの最高学府「プノンペン大学」のフンセン図書館に、「JICAとCMACの車両整備教範(全文クメール語)」と「JICAとCMACの日本語・英語・クメール三ヶ国語、車両工学辞典」「山本賢の軍事英和辞典」、「山本賢の軍事略語辞典」および『アテンド』(防衛庁作成)-クメール語と日本語の指差し辞典を寄贈した際に、学生との懇談で思い付き作成した『四字熟語辞典』から抜粋補強したものであります。

 プノンペン大学の学生達は、専門知識は、あまり有るとは思いませんが、こと語学に関しては、とても堪能です。英語を例に挙げれば、彼らは「英語を勉強するのではなく」、「英語de専門の学科【たいした内容ではない】の勉強をしているのです」。つまり、自国のクメール語を使用しての、専門教育は、クメール語学部以外は、英語やフランス語で教育を実施しています。これでは、日本の大学生は、英語力でカンボディアを始め東南アジアの学生に勝てるはずがありません。悲しい事に、発展途上国の国々の大学は、自国語で書かれた専門の教科書や参考書が皆無であり、専門技術を持ったカンボディア国籍の大学の先生がおりません。ポルポト政権の際に、大学の先生達は、まっ先に「粛清」されてしまったのです。悲しい事に、自国語で専門技術を教育する能力を持った教授や助教授が皆無なのです。したがって、外国からやって来た先生や教授が公用語の英語で技術教育をしておりました。その上、英語能力が無いと、外国の企業やNGO等に就職する事も出来ません。『英語で勉強する発展途上国の学生』と『英語を勉強する日本の学生』では、英語能力に関する限り、日本の学生は、発展途上国の大学生に勝てるはずがありません。

 読者の皆様の軍事英語能力の向上と国語「四字熟語」の習得に寄与できれば、これに勝る幸せは御座いません。