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英語de軍事『四字熟語』Vol.21

安倍晋三総理の『泣斬馬謖』&『焚書坑儒』

 6月25日、自民党の安倍晋三総理の側近の若手議員の有志が30数名が集まっての勉強会が開かれた。その席で、講師として招かれた著名な作家の百田尚樹先生が少々過激な講話をした。講師の講話の後、質疑応答が行われた。よくある講話のパターンである。講師の講話内容にいたく感動した若手の一議員部が、『沖縄のマスコミ報道は、偏向している!・・・・・・・・。おかしい!お仕置きをしなければ』と過激な発言をした。『付和雷同』の議員さん達、『沖縄のマスコミは、偏向している!』。『沖縄の二大偏向新聞社をぶつぶせ!』と。そして『諸悪の根源沖縄タイムズと琉球新報を懲らしめるべし!それには、これらの新聞社を兵糧攻めが最良の戦術である。広告を出さないよう経団連にお願いしょう・・・・・』ということに相成った。これを『軽挙妄動』という。この『軽挙妄動』と『付和雷同』は、大和民族の特徴でもある。

 

CMACの地雷探知犬曰く;日本の新聞記者の皆さん格好の良い勇ましい記事を書いて下さいネ!偏向記事はダメですよ。ハイ!ポーズ!

この一連の発言内容がリークされてしまった。日本中の全マスコミは、『明日は、我が身』とばかり、全マスコミは、この議員達の暴言を『許せん!』と各社一斉にこの自民党議員の批判の報道をした。

 当時、『安全保障』国会で、激動する国際環境変化に対応の出来る理論武装皆無の野党は、安倍政権を攻めあぐねていた。『国の安全保障問題の討議が大好きで、『日本安全保障及び危機管理学会』の特別顧問にもなった安倍晋三総理や防衛大学卒で元自衛官でもあった中谷元防衛大臣に対して、国防について不勉強な野党議員は、安全保障問題の論戦に苦慮していた。『渡りに舟』この不祥事を利用して、安倍政権を『マスコミの艦砲射撃』の支援を受けて蒙攻撃した。上述の『日本安全保障及び危機管理学会』とは、筆者の防衛大学同期生#6の二見宣さんが立ち上げたNGOである。危機管理の教育・研究をするNGOである。このNGOには、みんなの等の渡辺美智雄党首が君臨していたが、安倍晋三総理、中谷元防衛大臣、お髭の隊長佐藤正久衆議院議員等大勢の国防の第一人者が集まってきた。

  『天佑神助』、上述した『自民党の一部の過激派議員の不用意な発言に、待っていましたとばかり、全野党の議員が、この絶好の攻撃材料に飛びついた。そして総反撃に出た。そして『喜色満面』口を尖らせて、安倍総理を厳しく攻撃した元『ピース・ボード』の民主党美人女性議員辻本晴美氏もいた。

 そして、この単細胞若手議員達による『沖縄マスコミ攻撃』は、安全保障法案成立に奮戦努力している自衛隊の最高指揮官の安倍総理を、背後から撃ったに等しい・・・・・・と、面白おかしく報道したテレビ評論家も多々いた。この一連の報道を不肖山本は、『興味津津』、新聞やテレビで見ていて、沖縄タイムスと琉球新報の二大マスコミやTV放送局のことを懐かしく思い出した。

 不肖山本は、沖縄復帰直後、沖縄で第一混成団の特別不発弾処理隊の副隊長兼団長通訳をしていた。ある時、厚生省主催の遺骨収集事業の支援を実施したことがあった。この遺骨収集支援は、二回に渡り実施され、合計5ヶ月で3,632発の不発弾を処理した。

 この遺骨収集現場指揮官として、参議院議員、国防族のお髭の隊長『佐藤正久志』さんと同じような立派なお髭を生やした後方支援隊の村松三佐が現場指揮官となり、厚生省のお金雇った学生アルバイトや地元の住民及び普通職種の自衛隊員を指揮して遺骨収集事業を実施した。不肖山本もほんの少しの期間ではあるがこの事業に参加したことがある。

 当時、特別不発弾処理隊は、不発弾処理の緊急要請があった場合に、少しでも早く現場に行けるようにと、自衛隊の正門の横の二階にいた。そして、お便所は、普通科連隊隊員の居室を通って、お便所を使わせて頂いていた。普通科隊員曰く『不発弾処理隊員の人が羨ましいです。遺骨収集作業に、報道陣やカメラマンの方々が来ますが、我々は新聞やTVに出たことが、一度もありません・・・』と。

 沖縄の旧陸軍の洞窟陣地や『ガマ』の遺骨収集は、まづ一番始めに、我々不発弾処理の隊員が不発弾の回収を実施した後に、一般の遺骨収集作業員が遺骨収集に当たる。場所によっては『毒ガスの検知』をすることもある。要するに安全を確認した後に、遺骨収集作業を実施するのである。

 ある時、不肖山本が、不発弾偵察の為に、一番先に深いガマの穴にビョンと飛び降りた。『仰天動地』、否『吃驚仰天』、そこに大きな『ハブ』がいた。次の瞬間、不肖山本は、自分の背より高い洞窟の穴から飛び上がって、深い穴の外に出た。立会していた担当の沖縄総合事務局の職員曰く『山本さん、ハブは、自衛隊と同じ専守防衛の生き物です、山本さんが攻撃しない限り、ハブ噛み付きません』と。そして、沖縄の珊瑚礁に生息する『ウミヘビ』同じです。インドのコブラ以上の猛毒を持ち、好奇心旺盛で『ダイバー』に近づいて来ますが、ハブと同様、攻撃しない限り、攻撃して来ません。

 この遺骨収集事業は、炎天下で行われ、地元のマスコミにも盛んにとりあげられた。しかし、自衛隊の作業員のことは一切とりあげられなかったし、沖縄の二大新聞には、自衛官の写真は、写っていなかった。新聞に書かれている記事は、くる日も、くる日も、厚生省の雇用した作業員のみ。ついに村松三佐がキレタ!。新聞記者に対して『あなたがたのカメラは、自衛官が映らないフイルムを使用しているのか!??』と文句を言った。この時、カメラマン達は、一言もいわなかった。

 それから数日後のことである。友松三佐の写真が、一面トップでデカデカと出た。何と友松さんが、回収した不発弾の傍で『火気厳禁』と書かれた空の爆薬・弾薬箱にドッカリと腰を下ろして、美味しそうにタバコをふかして休んでいるアップの姿がデカデカと掲載された。一方、学生や地元住民の作業員が、汗を流している写真も多く掲載されていた。

 この新聞の写真を見て、徳久第一混成団長は、友松3佐を呼びつけて、烈火のごとく怒った。『友松!お前は、遺骨収集支援で、一体全体、何をしとるのか!・・』と。

 不肖山本は、地元住民を避難させ、道路の通行規制をした上での大型爆弾の信管離脱等には、常にマスコミ、特にカメラマンの要求に最大限に応じていた。少しでも、格好の良い、勇ましい記事を書いて頂こうとの、淋しい、下心である。また同時に、自衛隊の広報でもあると思って、沖縄のマスコミに最大限協力してきた。

 ある時、住民を非難させ、交通を遮断し、250kg爆弾の信管を抜き取り、トラックに積み込み、保定が終わった後、出発しようとした時、TVカメラマンとマスコミ取材班が来た。山本曰く、『もう信管離脱作業が終わり、帰るところです』と。時間に遅れて取材来たカメラマンが言いました。『山本さん、何とかならないでしょうか?』。山本曰く『私目に、おまかせ下さい』と。

 部下に命じて、信管を抜き取った積載済みの爆弾をクレーンで吊り降ろしました。カメラクルーは、これを撮影し、周囲の風景を撮影して帰りました。 その夜、官舎でテレビを見ました。このテレビの取材が最も迫力があり、上出来でした。テレビのナレーション曰く、『不発爆弾の付近には、全員避難して、人っ子一人いりません・・・・』。当たり前である。爆弾の処理が終わったので全員現場から帰ってしまつた。他のテレビ・放送と比べてこの遅刻して取材に来たテレビクルーの放送がダントツに良かったのです。

 そしてこの沖縄タイムスと琉球新報の件で、報道の自由を冒涜するものであると、マスコミや野党の厳しい追求に会い、安倍晋三総理は、『報道機関を懲らしめよ!』とする同士の大西英男衆議院を厳重注意処分とした。

戦艦三笠艦上

 安倍総理の心境は、『日本国ノ興廃 本国会ノ安保法案ノ通過に在り、自民・公明の各員、一層、奮励努力セヨ!』、『本期間、天気晴朗ナレドモ、波高シ』と、日本海開戦での東郷平八郎宜しく、野党艦隊との論戦で相手を撃破しようとしていた、やさきの大ハプニングである。

 この事件は、国会での論戦で、総理が最前線で戦で戦っているところを、いきなり背後から、射撃に会ったようなものである。そして、野党の議員の厳しい追求もこれあり、安倍総理は、最も信頼の於ける同士の処分をせざるを得ない立場となってしまつたのである。まさに、安倍晋三総理は、三国誌でお馴染みの名軍師、諸葛孔明の心境で大西議員を罰したと単細胞の山本は、勝手に思っている。まさに現代版三国誌の『泣斬馬謖』である。

  私は、今回、話題となった沖縄タイムスも琉球新報も偏向的な記事を書く新聞であり、上述した『ハブ』や『ウミヘビ』のような猛毒の記事『反自衛隊・反米軍記事』を書く新聞であると、勝手に思っている。これは、沖縄の過酷な歴史を考えると、当然であり、やもえないことであると、自分の拙い下記のような経験から思うようになりました。

 満州国のハルピンで生まれ、ソ満国境で終戦を迎え、露助の兵隊に腕時計を巻き上げられた経験や、蒋介石率いる『国府軍』や毛沢東率いる『八路軍』の戦火を逃れて、命からがら、内地に帰国して来ました。これは、筆舌に表せない経験です。沖縄のマスコミの方々も、私と同じような経験を、『沖縄戦で経験して来たので、白いものを黒いと思い、これを堂々と主張しているのです』のです。広島県の江田島にある中国化薬で一年間、火薬や爆薬の製造方法を研修して、通産大臣から『製造保安管理者』のお免状を頂いた、直後に沖縄に、赴任したのですが、当初、沖縄タイムスや琉球新報の偏向ぶりは『仰天動地』でしたが、すぐにフアンになってしまいました。

 琉球新報の記者だったと思いますが,『沖縄戦の記事を地下壕で発行し続け、5月25日まで取材活動を続けた『その後の発行を願って『ガマ』の中に再開を期して印刷機を隠して、撤退した・・・・』と砲弾弾雨の戦況下でも新聞を発行して来たと言わたことをいまでも覚えています。沖縄のマスコミ人は、本土の薄ペラなマスコミと異なり、過酷で厳しい戦闘体験から来たものです。

 単細胞の山本は、沖縄に着任直後は、琉球新報も沖縄タイムスも偏見新聞であると、悲憤慷慨したものの、半年も過ぎない間に洗脳され、良い新聞だと思いました。彼らの、反自衛隊や嫌米軍の主張には、『造反有理』、かれらの心情には、共感するところ多々ありました。不肖山本の『ソ連軍に対する憎悪』と『中国に対する憎悪』と同じだと思いました。そして、沖縄ならではの良い記事を書く新聞でもあると現在でも思っております。『沖縄新報』の記者達は、本土のマスコミの皆さんとは、過酷な戦闘体験の精神が受け継がれているのです。本土の新聞記者とは、異なります。

 例えば、琉球新報の琉球大学教授の太田昌秀教授〔後に沖縄県知事〕が書かれた記事、『これが沖縄戦だ33年忌』の129回+シリーズ?は、とても良い記事であり、全て切り抜いて、スクラップ・ホルダーにして保管している。この琉球新報の記事は、沖縄から持って帰り、本棚に於いてある。今でも時々、見ることがあります。

 沖縄のマスコミ批判の急先鋒の大西英男衆議院議員達は、沖縄の『ハブ』と『ウミヘビ』を攻撃したために、噛まれてしまったと思っおります。また、スクラップを見ていただければ、沖縄マスコミ批判は、一夜にして、無くなり、賞賛者になるものと思っています。

 この現代版『泣斬馬謖』には、後日談がある。何と、安倍晋三総理が名誉会長となっている二見宣さんが立ち上げたNGO『日本安全保障・危機管理学会』が核シェルター建設企業とつるんで、三つ巴で悪だぐみをしているという流言飛語の噂まで出てきたのである。驚きである。流言飛語の大元は、Access Journal誌の山岡俊介さんの記事『安倍首相が名誉会長のー安全保障・危機管理学会に関する重大の記事のようである。読んでみて、さすが辣腕ジャナリストだと思った。そして、安倍晋三総理と二見宣の大きな写真が載っていた。そして二見さんの輝かしい経歴も事細かく調べ上げて書いてあった。同期の親友の山本知らないような、輝かしい経歴まで書いてあり、さすが腕利きのジャーナリストであると思った。そしてパシコン〔パシフィック・コンサルタント・インターナショナル〕の記事もこれあり、ベトナム当時、ラオス王国陸軍兵曹長でベトコンの捕虜となった方とCMAC〔カンボジア地雷除去活動センター〕で働いた竹森英治さんのことを懐かしく思い出した。

 不肖山本は、JICAやJMASに勤務している頃、核シェルターの講話を議員会館まで聞きに何度か行ったことはありますが、当時の『日本安全保障・危機管理学会』の顧問は、みんなの党の渡邉党首であり、安倍総理は、ありませんでした。

 右の安倍晋三総理と二見宣男『安全保障・危機管理学会理事長』の写真は、アクセス ジャーナル誌より引用致しました。

 

不肖、山本はJICAの専門家として、カンボジアのCMAC;地雷除去活動センターに4年間勤務したことがある。地雷に造詣の深い山口那津男公明党党首を除き、連休ともなると、物見遊山で『地雷原や地雷除去活動をご視察に来られた』

山口議員曰く『先週アフガニスタンに行ってきました。来週は、カンボジアのCMACに行きます・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不肖山本は、喜んで、見学者を現地にご案内させて頂いた。この際、その地域を管理するDU地区部隊長と調整をする。この調整電話で必ず聞かれることがある。『報道陣を呼びますか?否か?』

カンボジアのTVは、日本のNHKの様に全国ネットになっていなく、地方毎に、独立している。マスコミを呼ぶと1人当たり20$~30$コッソと内緒で渡す。そして一緒に会食もをする。この会食も支払う。これがカンボジア流マスコミ対処術である。

 ある時、JMASの理事の池田さんが、地雷原でのCMACの処理現場を見たいと言ってきた。そして電話でDU地区隊長と調整した。相手は『偉い人ですか・?』と質問したので、『そうです』と電話で答えた。

 当日、JMASの池田さんを現地にご案内した際、池田さんが『山本さん、テレビ・カメラマン来ている。誰か偉い方が、来られるのですか?』と質問された。山本答えて曰く『池田さんを取材に来たのです』と。

 そして、インタビューが撮影された。クメール語から、英語へ、英語から日本語のインタービュでした。そして会食をした。池田さんは、辛い料理が大好きだと言った。CMACの職員やカメラマンは、その料理パクパク食べているのに、池田全然は、全然たべていない。私は、気になって、池田さんに『お体でも悪いのですか?』と質問したら『辛くて食べられない』とのことでした。

 カンボジアのCMACには、国会議員の他に、大学の教授やグリンピースの若いお嬢さん達が見学に来た。特に、英国のダイアナ王妃が『ヘルメットを被り、プロテクターを身に付け、髑髏マークの地雷原危険表示ボートが乱立する、アンゴラの地雷原の中を、HALO Trustのロゴマーク付きのプロテクターを見に付け、さっそうと歩いている姿』をマスコミが紹介した。マスコミの力恐るべし、これ以降、若い女性がダイアナ王妃にあやかりたいとばかり、大勢のピース・ボードの方々が、カンボジアのCMACに見学に来た。

ダイアナ王妃、バイザー付きヘルメットを被り、HALO trustのプロテクターを付けアンゴラの地雷原を颯爽と歩く

 私と同じく、JICAのIT専門家としてCMACに派遣された藤本誠さんの依頼で、日曜日に、海外青年協力隊隊員JVCやピース・ボードのお嬢さん達に、地雷処理のブリーフィングしたり『地雷や不発弾標本展示室』で展示説明をしたことがあった。その席で『山本さんは、何故、不発弾や地雷のことが詳しいのですか???ピスボードには、地雷の教官がいますが、山本さんのように詳しくは、ありません』と。山本、答えて曰く『ハイ!私は、沖縄で不発弾処理をしたり、武器学校で武器弾薬を教える教官なぞをしておりました。そして、定年退官後は、8年間も弾薬や地雷を造る会社の工務課長をしていました』と。この若いお嬢さん達、異口同音、『人殺しを教える学校』の先生をしておられたのですか!』と目を丸めた。 山本、笑顔で答えて曰く『その通りです!』と。日教組の学校教育恐るべし。

 不肖山本は、鯨類研究所の依頼で『鯨に苦痛を与えない殺し方について研究』をしたことがあります。結論;『鯨を仕留めるのも、戦車を撃破する方法と同じ、パンコロが良い!』。彼女達、『異口同音』可愛い鯨を殺すとは、誠にケシカランと眉を釣り上げた。不肖山本は、『軍艦島』が世界遺産に登録された昨今、日本の固有の歴史ある捕鯨捕鯨事業やイルカの追い込み漁を『世界遺産』にして欲しいと思っています。

 この藤本誠さん、若い頃、このお嬢さん達と同じようにJICAの青年海外協力隊でアフリカや中東で汗水流して活躍された方であり、現在JICAのIT専門家として、地雷を処理するCMACに勤務している。彼女たちの『希望の星』でもあつた。そしてこのホームページも藤本さんが設計したものであり、巻頭の赤いベレー帽を被ったマスコットも、藤本さんのお友達『マグナム』さんに作って頂いたものである。この藤本誠さん、沖縄でJICAのお仕事を実施している。

 フンセン首相が日本の地雷機材等の贈呈式”Donation Ceremony”には山ほどのカメラマン集まつてくる。このような中で写真を取るのは至難の技である。防大#6期のアルバム委員会の委員で行軍中もカメラを携行して大変でしたが。CMACの勤務では、フンセン首相やジャキーチエン国連地雷大使の写真を撮るのには、大勢のマスコミ・カメラマンと競合して写真を取ることに大変苦労をしました。

F-4地雷探知機を手に笑顔のフンセン首相

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この一連のマスコミ騒動の決論として、Japan Times (2015, 7,4)は、次の様に報道している。

Abe says sorry for loyalists remarks;

Prime minster Shinzo Abe apologized Friday for remarks made last week by members of his Liberal Democratic Party who called for pressure to be applied to media

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