2015年1月
« 12月   2月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

孫子の兵法 第13 用間篇

山本賢の『孫子の兵法』講座 中国語:日本語:英語 

Let us learn Mr.YAMAMOTO's Sun Tzu's The Art of War

Let us learn Mr.YAMAMOTO’s Sun Tzu’s The Art of War

山本賢の『孫子の兵法』の特別付録

山本賢の『孫子の兵法』の特別付録

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13章 用間篇

Chapter 13 Use of Spies

 

※※ Difference between information and intelligence

Information means in Japanese【情報】:means some one or some thing consist of facts about them.

Intelligence means in Japanese【情報】:means is the ability to think, reason, and understand instead of doing things automatically or by instinct. So intelligence is processed information.

 

【原典】

孫子曰、凡興師十萬、出征千里、百姓之費、公家之奉、日費千金、内外騒動、怠於道路、不得操事者、七十万家、相守数年、以争一日之勝。面愛爵録百金、不知敵之情者、不仁之至也、非人之将也、非主之佐也、非勝之主也。

【訓読】

孫子曰く、凡そ師を興すこと十万、師を出すこと千里なれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を要し、内外騒動して、道路に於いて怠け、事を操るを得ざる者、七十万家。相守ること数年にして、以って、一日の勝ちを争う。

しかるに、爵録百金【シャクロクヒャッキン】を愛【オシ】しんで、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非らざる者なり。主の補佐に非らざる者なり。勝ちの主にあらざるなり。

【和訳】

孫子曰く『およそ10万の軍隊を徴兵して、千里も離れた国外に軍を派遣する事になれば、民衆の血税や諸侯の公費も、たった一日で千金もの大金が必要となり、その負担が国民に圧し掛かって来る。そして国の内外とも、大騒ぎとなり、10万の軍隊を派遣すると、その途中の路上で行き倒れとなり、その為に約70万戸の家に被害が及ぶことになる。そして、数年間も両軍相対峙した後に、たった一日の決戦で勝敗が決まるのである。

それにもかわらず、爵位や俸禄や百金を与えることを惜しんで、敵情を知ろうとしない諸侯及び将軍は、「仁」が全然ない将軍で、人間性を欠く愚かな者達の集団である。それでは、人民を率いる諸侯と言えず、また諸侯の軍事補佐者とも言えない。そして、これが最も大切なことであるが、戦いの勝利者となり得ないことである。

【英訳】

Sun Tzu said : If our country dispatch the army of one hundred thousand drafted soldiers to the abroad where one thousands miles away from home country, one thousand pieces of gold need per only one day. This large sum of money is collected from public as tax and forced donation from lord which stocked for many years. This is very serious trouble to both of people and country. And some soldiers are exhausted and fall down on the roads to battle field, and this bring large confusion both in and out of the country. And more over about seven hundred thousand families are supported soldiers affected in all seasons, because of the seven families support one conscripted soldier family system adopted. And after several year confrontations with enemy, only one day decisive battle decides country’s fate of victory or defeated.

Lord and general who spares the noble titles award and high salary payment to the high caliber spies, and giving a lot of gold as special bonus for the valuable information cannot get enemy’s situation from spy. This is the lack of virtue and stupid. These lords do not deserve to lead people and those generals cannot become good military adviser to the lords too. And most important things are these stupid commanding generals can not get victory in battle.

 

※Comment:Conscription system in Sun Tzu times. 

One drafted soldier family is supported by seven families in all seasons.

One drafted soldier【◎】was supported by one drafted family【●】and six un-drafted families 【●●●●●●】. So to dispatch one hundred thousand soldiers suffered normal activities of seven hundred thousand families.

 

【原典】

爵録百金【シャクロクヒャッキン】:means award the high ranking status and give one thousand peaces of gold. 

爵録百金【シャクロクヒャッキン】孫子の提案は、画期的である。爵録とは、所謂、「公・候・伯・子・男」のことであり、スパイに国家的な身分を与えよ!と言う提案である。この爵位は、日本では、皇族にだけしか与えられなかった、貴重な爵位である。私の大好きな「男爵」ジャガイモは、名誉ある名前である。

 

←*:【写真説明】金鵄勲章【Order of the Golden Kite for Meritorious Service】The Order of the Golden Kite for Meritorious Service award to Japanese Imperial Army and Navy officers and men by conducting distinguish action at battle. 

 

※Comment: 孫子曰く

「日本国政府は『スパイ』を使用していますか?」「なに?全然、使用しておりませんだと?」「ダメな国家ですなあ。我が国、中国を見習いなさい。ウジャウジャといますぞ」

この提案、孫子が言ったとあって、重みがある。

 

【原典】

明君賢将、所以動而勝人、成功出於衆者、先知也。先知者、不可取於鬼神、不可象於事、不可験於度、必取於人、知敵之情者也。

※Comment「度」:means the astrology. 

【訓読】

明君賢将の動きて人に勝ち、功を成して衆に出ずる所以【ユエン】の者は、先に知るなり。先に知る者は、鬼神に取るべからざる。事に象【カタド】るべからず。度に験すべからず。必ず人に取りて、敵の情を知る者なり。間事の未【イマ】だ発せずして、先ず聞こゆれば、其の間者と告ぐる所の者と、皆死す。

【和訳】

聡明な君主と賢い将軍が行動を起こして、常に敵に勝ち、並み外れた成功を収めることが出来る秘密は、まず敵に先んじて情報を収集するからである。

予め敵の情報を知ることは、鬼神に祈るだけで、取得出来る物ではなく、占星術で占うのでもない。過去の戦訓や種々の事情でもって類比推測出来るものでもなく、ましてや自然の規律によって予想出来るものでもない。必ず有能な間諜に頼ってこそ、価値ある敵の情報が得られるのである。

【英訳】

The secrets of clever lord and / or wise general always can get outstanding victory whenever they fight in war is depend on collecting vital information on enemy in advance.

To get vital enemy information in advance is not from the fortune-telling by fortune-teller or the astrology which observing night sky. And moreover should not guess from old enemy war lessons or natural phenomenon. Clever lord and / or wise general always gets only useful military information from high caliber spies in advance.

 

※Comment:孫子は『有能なスパイによってのみ、価値ある敵の情報が得られる』と孫子の兵法で述べている。

自衛隊に於いても、『孫子の兵法』に記述されているこの精神を受け継ぎ『有能な者』のみを選抜し駐在武官【 military attaché 】否、防衛駐在官【 defense attaché 】に任命しているのである。その具体的なお仕事とは???

 

※ 大休止【 Long halt

 

アフガニスタンでの日ソ情報戦、熾烈也

「毒入りウォッカ事件の真相」

不肖山本は、中央資料隊技術科に、二回勤務をした。一回目は、第四次中東戦争の開始とイラン・イラク戦争の開始である。そして二回目が、ソ連のアフガニスタン侵攻である。いずれも中東で起きた大事件である。当時は、中東専門家と言う者は、日本には誰一人としていなかった。

不肖山本は、第一回目の勤務では、「軍用車両」の情報を収集していた。当時、74式戦車の後継として、「現行の74式戦車の大幅な改造とするか?」それとも「全く新しい戦車を新規開発するか?」を曲陸幕長が決心をしなければならないタイム・リミットの一週間前に、「主要列国とりわけソ連の戦車の趨勢」について、30分間ブリーフィングしたことがあった。その時、平野さんのご指導を受けた。

昭和55年、不肖山本の二回目の中央資料隊技術課勤務時には、平野一佐は、モスクワの日本大使館付防衛駐在官であった。平野一佐は、ソ連のアフガニスタン進攻の情報を収集すべく、外国人の立入が禁止されていたアフガニスタンを避け、その外側から軍事偵察をしようと出かけた。ソ連駐在大使のみに行き先をこっそりと告げて・・・・・・・極秘裏にモスクワの日本大使館の職員一名を伴い観光旅行を装い汽車に乗ってアフガニスタン国境周辺に赴いた。

が、しかし日本を含め西側の駐在武官の行動は、常に腕利きのKGB(国家保安委員会:カー・ゲー・ベー Komitet Gosudarstvennoi Bezopasnosti)工作員により、監視されていた。

二人は、モスクワ駅より列車に乗った。列車で移動中、平野一佐の頭の中をよぎるのは、日露戦争の時、一人で一個師団の役割を果たしたとされる情報将軍明石大佐のことであった。「私も明石大佐にあやかりたい……。」

この時、人の良さそうな一人の男が乗り込んできた。男は、ニコニコして平野一佐の横の座席を指差し「ズラスチー ミャ ムーチュナム ステアーディト?(こんにちは。ここに座ってもよろしいですか?)」

平野一佐は、答えた。「ダー。パザールスター(どうぞ。いいですよ。)」この時、ソ連の国連代表のように「ニエット!(だめ!)」といえば何も問題は起こらなかったが………。

やがて、平野一佐と同僚の日本大使館員及びこのロシア人の三人は会話するようになった。このロシア人は、ウォッカを平野一佐と大使館員に薦めた。お酒の大好きな平野一佐は、これを飲み、三人は大いに意気投合した。やがて男は下車し、去っていった。その直後のことである。「胃が痛い!」平野一佐の胃に激痛が走った。そして額やこめかみから冷や汗が出てきた。

「シマッタ!一服毒を盛られた!」「不覚を取った!」。今回に限り整腸解毒剤『征露丸』“Subjugate Russian Pellets”訂正!「正露丸」“Russian is Right”を持ち合わせていなかった。平野一佐は、列車のトイレに駆け込み、便器から、フィルムの駒送りのように見えるレールの枕木に向って吐いた。そう言えば、あの男、ウォッカを飲む前に、毒を中和させる解毒剤のようなものを飲んだような気がする。

平野一佐は、計画を中断、急遽モスクワに帰り緊急入院をした。この時、たまたま西独のレオパルトⅡ戦車の技術情報収集に行っていた調査二課三班長がモスクワ経由で帰国し、平野一佐の所に立ち寄った。調査二課三班長は、平野一佐の顔を見て、ビックリ仰天した。平野一佐は、顔中、食中毒特有のブツブツの発疹で見る目も無残であった。平野一佐は、調査二課三班長に「俺は、露探に毒を盛られた。この事は誰にも話すな。唯、陸幕長にだけは、そっと報告してほしい」と言った。

がしかし、やがてこの事件をマスコミが嗅ぎつけ新聞に出た。大使館は、極めて閉鎖的な社会であるので、スキャンダルがマスコミに出ることはない。かといって自衛官の赤恥のような記事は、隠蔽体質の自衛隊から出たとは考えにくい。がしかし新聞社は、犬のように嗅ぎ付けたのである。

「一犬吠えれば、万犬吠ゆ」。最初は、二~三行の小さな記事であった。瞬く間に記事は大きくなっていった。日本の新聞の常として、付和雷同、アット言う間に大きな見出しの新聞となっていった。

「日本のモスクワ大使館付き防衛駐在官平野一佐、グルジア旅行中、毒入りウォッカを飲まされた!」と各社一斉に報じた。これを見た、多くの日本の国民は、思った「やっぱしソ連はやることが汚い。油断してはならない国である」と。

日本のマスコミがこの件を大々的に報じたことに対して、ソ連国家保安委員会KGB(ロシア語読みでカー・ゲー・ベー)組識は「この平野毒入りウォッカ事件で、ソ連のイメージが著しく汚された」として、苦々しく思ったに相違ない。

そして、この話には、後日談がある。この毒入りウォッカ事件の真実は、厚い秘密のベールに包まれ、27年が経過した。もう一つ、殆ど知られていない事実がある。

私の同期生である二見君の話によると、情報通の平野一佐は、汽車の便所で吐いた時、吐いた食べ物をそっとビニール袋に入れて持帰った。毒物混入検査をするためである。日本大使館には、大きなプールは、あるものの「毒物検査」をする施設はない。やむなく、アメリカ大使館に毒物検査を依頼した。しばらくしてその分析結果が出た。アメリカ大使館の回答は「毒物の痕跡はありません」と。正に奇々怪々な事件であった。

平野一佐に同行した日本大使館の職員は、胃腸が強いせいなのか中毒症状なぞは現れず元気そのものであった。正にソ連大使館付防衛駐在官の勤務は、孫子の兵法、第六章「虚実篇」にある虚々実々の世界であった。そして平野一佐の同僚の日本大使館員は、ぴんぴんしていたところから類推するに、元々胃腸の丈夫でない平野さんのこと、衛生状態の悪い国での諜報活動で、精神をすり減らし「精神的ストレス」と「食あたり」とが胃に来て、体調を一気に狂わせたに相違ないというのが、同期【B#6】の二見さん:【日本安全保障・危機管理学会理事長】と不肖山本の一致した意見である。

最近、アエラのスタッフ・ライター田岡さんという軍事評論家が、鈴木宗男議員に関連する外務省の一連の不祥事件についてTV討論をしている席で次のような面白いことを言っていた。「戦後、日本の大使館や外務省の役人は、全然情報を収集したことがない。機密費(報奨費)をタップリと使って、たらふく飲み食いしているだけだ。それが証拠には、外国の大使館の勤務員は、良くスパイ容疑で逮捕され、国外追放となる例が多い。しかし日本の大使館員は、誰一人としてスパイ容疑で逮捕され、国外追放された者がいない。こんなことは、外国ではありえない。日本の大使館や外務省が情報収集活動をしていない証拠だ。外務省は『堕落』している」と面白おかしく説明していた。

そして田岡さんは、最後に一言「唯一、例外的事例として、モスクワ大使館の防衛駐在官だけが、生命の危険を冒して、熱心に情報を収集したことがある」と平野一佐のことをヨイショと誉めたたえた。不肖山本は、この田岡さんの発言を聞いて、良くぞ田岡さん、この事件を覚えていてくれたと嬉しくなったのである。

平野一佐の情報収集活動は、ロシア革命の立役者レーニンのお友達であった情報将軍明石大佐の足元にも及ばないかもしれないが、戦後の日本における対ソ連情報戦のウルトラCであると思っている。

そして平成16年の暮れ「ウクライナのユーシェンコ大統領候補が政府側の工作員によって猛毒のダイオキシンを『おすし』と共に食べさせられ、顔にブツブツの食中毒特有の顔となった。平野さんとまったく同じ症状である。そしてユーシェンコ氏は、ウクライナの大統領に当選した。がしかし、平野さんの顔は元のイケメンの顔に戻ったものの、毒素の量が多かったせいかユーシェンコ大統領の顔は、元に戻らない。

そして最近【2006.11.23】、ソ連の元FSD【Federal Service of Counterintelligence:連邦防諜局】の情報工作員リトヴィネンコ中佐が、イギリスに亡命して、かつてエリツィン政権時にその内部を知り尽くした秘密情報、例えばエリツィン大統領がマフィアから多額の政治献金を受けていた等々、そのあくどい政治手法を暴露し続けていた。このために毒殺された。つまりリシンを一服盛られたのである。リトヴイネンコ氏は髪が抜け落ち、内臓がズタズタとなり、放射性物質ポロニューム210中毒で死亡した。そして彼は、病床で「背後には、プーチン皇帝がいる」と述べて息を引き取った。

ポロニュームとは、放射性と毒性を持つ毒物で、1gで約5000万人を殺害できると言われている。この毒物は、ロシア、米国、英国及びイスラエルで、合計100g程度生産されており、0.1 microgramが12億円もする代物である。

 

防衛駐在官は「暇なのである」否『忙しいのである』

不肖山本が、中央資料隊の技術科に勤務していた頃のことである。防衛駐在官に任命された者は、任国への赴任前に、良く渡辺技術課長(海軍機関学校出)の所にご挨拶に来ていた。

防衛駐在は、防衛庁に定期状況報告書を提出する。これらの報告書は、回覧され、技術課長の所にも来る。

殆どの駐在武官の定期報告書は、ペラペラの紙、2~3枚程度で、内容も無い。【技術科の保有している情報以下の内容しか書いていない】 がしかし米国駐在武官の志方俊之さんの物は、約10cm程度と分厚いのである。しかも内容も充実している。【技術科の保有していない情報が含まれている】。

渡辺課長曰く「志方さんは、いつ寝ているんでしょうかね?」不眠不休で働いているに相違ないと。

東京都参与の志方さん、同期の二見【B#6】さんが開催した「安全保障・危機管理セミナー」で講和をする等忙しいのである。防衛省正門のところにあるJMAS【日本地雷処理を支援する会】にも、土井さん【スエーデン防衛駐在官】を始め、野中さん【ドイツ防衛駐在官】、奈良さん【パキスタン防衛駐在官】、山崎さん【パナマ防衛駐在官】等々、語学の達者な防衛駐在官がウジャウジャおりますが、いずれもAggressive【積極的】な方々ばかりであり、頭が下がる感がする。

 

「露探」【Russian Spy】も、忙しいのである:

ソ連の駐在武官は、日本の駐在武官に比べて、非常に忙しいのである。

ある時は、英国のプロフューモ陸軍大臣への調略作戦で、アメリカからの原子爆弾供与の時期や西側諸国の軍事情報を入手する為に、ソ連の英国大使館付き武官イワノフ大佐の陸軍大臣の情婦クリスチン・キラー嬢と仲良くした上で、たんまり機密費を支払い、彼女から情報を取り、モスクワに送っていた。

ある時は、東京モーター・ショウ等の日本の工業技術の粋を集めた展示会を見に行き技術情報を収集し、これをモスクワへ送ったりして、とても忙しいのである。

おや???この外人どこかで会ったような感じがする。外国人に知人のない私は、こんな所で、外人の家族に知り合いは居ない。と思うも、気になるのであった。そして、思い出した!狸穴のソ連大使館のパーディで会った駐在武官であった。

同じように、山手線でも、見かけたことがある。

※   :See:Appendix  1

:MIYANAGA spy incident. Ex-General who loves Russian language very much.

         :宮永スパイ事件 「ロシア語をこよなく愛した元将軍閣下」

 

【原典】

故用閒有五。有郷閒。有内閒。有反閒。有死閒。有生閒。五閒倶起、莫知其道、是謂神紀。人君之寶也。郷閒者、因其郷人而用之、内閒者、因其管人而用之、反閒者、因其敵閒而用者也。死閒者、為誑事於外、令吾閒知之、而傳於敵閒也、生閒者、反報也。

※Comment「誑事【キョウジ】」:means the deceived actions or counter intelligence on military. 

【訓読】

故に間を用うるに五あり。① 郷間あり。② 内間あり。③ 反間あり。④ 死間あり。⑤ 生間あり。五間倶に起こりて、其の道を知ることなし。是を神紀と謂う。人君の宝也。① 郷間なる者は、其の郷人に因【ヨ】りて、これを用うるなり。② 内間なる者は、其の官人に因りて、これを用うるなり。③ 反間なる者は、其の敵間に因りて、これを用うるなり。④ 死間なる者、誑事を外に為し、吾が間をして之を知らしめて、敵間に伝える間なり。⑤ 生間なる者は、返りて報【シラ】せるなり。

【和訳】

間諜【スパイ】には、5種類がある。郷間、内間、反間、死間及び生間である。これらの間諜活動は、区画化がはかられており、他の間諜活動のことは、お互いに知らない。

① 郷間は、敵国の村落の一般住民の中からスパイとする。② 内間は、敵国の官吏役人を買収しスパイとする。③ 反間は、敵の情報員を味方の諜報員に寝返らす。④ 死間は、対情報活動を実施する工作員であり、偽の情報を持って敵側に潜入流布する。嘘がばれると即処刑される「消耗品」である。⑤ 生間は、味方の国と敵国を往来して、敵国内で情報を収集した後に、本国にこの情報を持ち帰り、報告する。

【英訳】

There are five types of spies, local spy, inside spy, reverse spy, dead spy, and living spy. These spies organization adopt compartmentalization system so that each agent can not know other espionage activities at all, so they did not each other.

The local spies are native spies hired in foreign country. Inside spies are recruit from enemy government officials by money. Reverse spies are switch the side from enemy spies to our side spies. Dead spies are our side spies who issue false military information on purpose in enemy territory. So if the information find out not true or false, the spy arrested or captured and killed or executed by enemy. So it is called expendable or throw away spy. And living spies can travel our territory and enemy territory at will. So the living spies collecting enemy information in the enemy territory and return back and report his boss collecting information. When the five kinds of spies are all active, but no one knows their routes and whole organization and activities, it is valuable for the leader ship.

 

若しくは【補足説明】

Five kinds of spies are as follows ;

①    Local spy【郷間】is hired spy from the enemy local residence people.

②    Inside spy【内間】is hired spy from among enemy’s high ranking government officials.

③    Reverse spy【反間】is hired spy from among enemy spies called double agents.

④    Dead spy【死間】is the spy who collecting information of enemy wanted, and also transmit false military information to enemy spies and enemy government usually this operation called counter intelligence. Dead spy is sometimes called expendable.

⑤    Living spy【生間】is come back from enemy territory after collecting valuable information to report with alive.

 

An example of war history on Ninja spies in Japan

These above five type spy agents are used CIA in USA, MI-6 in UK and FSB in Russia except Japan. But Japan has the same systems about 500 years before in Edo period. The founder of Japanese style CIA is the Ieyasu TOKUGAWA. And first Director was Hanzou HATUTORI, expert Ninja and also a master spearman【槍の使い手】.

Lord Ieyasu TOKUGAWA invited welcome reception【饗応】of lord Nobunaga ODA. After the reception he went to Sakai for sightseeing with his 50 men. On that moment, Jun. 2 1582 the Honnoji temple Incident broke out in Kyoto. So Ieyasu must return back to his own country, Mikawa district without finding by AKETI rebel force soldiers. So Ieyasu went through Iga and Koga districts where country of Ninja. Fortunately one of his staff Hanzo HATUTORI, in charge of intelligence section came from Iga- district. Ieyasu returned back safely depends on the good information, arrangement and negotiation by Hanzo HATORI. And he arranged 200 Koga and Iga Ninja agents to escort Ieyasu for safe passage Koga-district. Without Hanzo HATUTORI’s good arrangements and supports, load Ieyasu must be captured and killed by Aketi Mituhide force soldiers.

After the battle of Sekigahara Lord Ieyasu unify a country, he assigned the Barbarian-subduing Generalissimo【征夷大将軍】. And Ieyasu appointed Hanzou HATUTORI the first Director of Gardener【初代お庭番】which means official secret Ninja-spy agent in secret language【隠語で公儀隠密】. The mission of official secret Ninja spy agent is very severe. The official secret Ninja spy agent who died of duty, no one recovered the dead body!. No one recovered the dead body!.【死して屍、拾う者なし。死して屍拾う者なし!公儀隠密の任務は、厳しいのである。】.

Hanzo HATORI’s book of secrets【秘伝書】says“That is to say, the Art of War is very important to nation, the lord to life or death of nation”.【およそ兵は国の大事、死生存亡の道なり】伊賀・甲賀忍術伝書『万川集海』より

Both IGA Ninja and Koga Ninja studied Sun Tzu’s the Art of war.

 

Once USA and CIA, Gen. Manuel Antonio Noriega of Panama, President Saddam Fussein of Iraq and Osama bin Ladin from Iran are regarded as good collaborator and used as secret agents. And finally entrap them by put on label as axis of evil.【悪の枢軸というレッテルを貼って】

 

【原典】

故三軍之事、莫親於聞、賞莫厚於聞、事莫蜜於聞。非聖智不能用聞、非仁義不能使聞。非微妙不能得聞之實。微培微哉、無所不用聞也。聞事未発而先聞者、聞興所告者、皆死。

Comment「間事」:means the contents of spy activities and secret information etc.

【訓読】

故に三軍の事、間より親しきはなく、賞は間より厚きはなく、事は間より密なるはなし。聖智に非ざれば、間を用いることを能わず。仁義に非ざれば、間を使うこと能わず。微妙に非ざれば、間の実を得ること能わず。微なるかな微なるかな、間を用いざる所なし。

間事いまだ発せずして先ずきこゆれば、間と告ぐる所の者とは、皆しす。

【和訳】

そこで間諜は、三軍の中でも、君主や将軍との親密さでは最も親しく、恩賞では間諜に対するものが最も厚く、さまざまな軍務では、間諜の扱う軍務が、最も秘密を要する仕事である。

聡明な思慮深さの持ち主でなければ、軍事に間諜を利用する事が出来ない、また部下に仁愛(深い思いやり)と気概がなければ、間諜を期待道理に使うことが出来ない。はかりがたい微妙な心配りや洞察力がなければ、間諜の情報を掌握することが出来ない。真にもって微妙なことである。軍のどんな場所においてでも間諜は、用いられるのである。患者が極秘事項を外に漏らした場合には、漏らした間者は、もちろん、情報の提供を受けた者も皆殺さなければならない。

そして、もしも君主や将軍が極秘裏に進めて来た諜報活動情報がリークしたことが判明した場合には、この情報を漏らした間諜とその情報提供を受けた関係者全員を逮捕して死罪にすること。

【英訳】

Spies are lord or general’s right-hand person who is the most reliable in the three great Army and three great Army headquarters stuff officers and men. And also the spies are awarded the highest reward in salary and bonus. These spies jobs are required most confidential operations.

Lord and general cannot use spies without wisdom and perfect virtue and attentiveness. And the lord and general cannot get the true information from spies and manage it without unfathomable considerations. To use of spies are very delicate matters indeed. Spies are used in every field and section in the army.

In case of leak of information to enemy, spies must be execute including the related information received.

If you know the leak of the secret information to enemy which is collecting illegally under your secret espionage project, you must be arrest the leaked dead spy agents including person whom concerned shall be put to death.

 

:Comment「スパイの使用の3条件」: Three conditions of the use of spies.

  1. 1.    スパイを将軍の側近の懐刀として用いる。

To use spies general’s right hand man.

  1. 2.    スパイに高給を支払う。

Pay high salary to the spies.

  1. 3.    秘密厳守。

To keep the secret

 

Comment「将軍がスパイ使用時に守るベキ3条件」:

There are three conditions required for general when use of spy.

  1. 1.    「聖智」。 Wisdom
  2. 2.    「仁義」。  Perfect virtue
  3. 3.    「心遣」。  Attentiveness.

 

Comment「スパイの使いかた色々」:

To rule over the whole country under one’s rule【天下を取る】needs to use of spies. Big three, three great lords who conquered the country, Lord Nobunaga ODA, Lord Hideyoshi TOYOTOMI and Lord Ieyasu TOKUGAWA how to use of the able spies is very different.

There is a well-known saying in Japan to reflecting their personality and how to use the spy agents

織田信長: If a little cuckoo would not sing, kill it instantly. If spy agent who do not collect information kill him.

豊臣秀吉: If a little cuckoo would not sing, I will make it sing.If spy agent who do not collect information, I will persuade and trained him to collect information

徳川家康: If a little cuckoo would not sing. I will wait it until to sing.

This case little cuckoo means spy agent.If spy agent who do not collect information I will wait until he report secret information to me with silent pressure

 

ゾルゲ・スパイ事件は、スターリンの謀略であった。

日本の国家機密は、全てクレムリンに筒抜けになっていたのである。これでは、戦争に勝てません。

スターリンは「日本は、ノモンハン事件を本格的な戦争にする意志が有りや?無しや?」「日本は、ソ連を攻撃するか?」と、日本に潜入させたスパイのゾルゲに探らせた。

リヒアルト ゾルゲのソ連に送った回答は「日本国政府は、現地【ノモハン】解決・不拡大方針であり、全面的対ソ戦遂行の意志無し」というものであった。更に、ゾルゲは「このような衝突の続発を防止する為には、日本人に対して、一発食らわして、毅然とした厳しい態度を示す必要がある」と勧告したのであった。

この秘密報告を受けて、スターリンは、ノモハンにチョロチョロと出動した関東軍【Kwantung Army】に一発くらわしたのであった。これがノモンハン事件【Nomonhan incident】の起きた最大理由である。

1939年8月、ソ連の狙撃化師団、機械化歩兵師団【Mechanized infantry division】により、関東軍の第23師団は、壊滅状態となった。

その後、スターリンは、極東のソ連軍をシベリア鉄道【Trans-Siberian railway】で、ドイツ東部戦線に送った。

間諜ゾルゲたった一人で、一個師団、否、十個師団の働きに相当すると言われている。

そして、ゾルゲの恐るべき情報収集は、朝日新聞記者尾崎秀美【近衛内閣の依託ブレーン】を使用して「日本軍は、太平洋戦争を開始し、来る12月に真珠湾のアメリカ軍に先制攻撃を仕掛けるだろう」というものであった。ゾルゲは、この情報を発信すべく、部下の無線通信手にメモを渡していた。

しかしながら、この通信手は、このメモをモスクワに発信する前に逮捕されてしまった。007もゴルゴ13も真っ青の凄腕スパイである。日本に於いては、今も昔も変わらない「重大な情報は上層部から、取るにたらない情報は、下から漏れるのである」要注意!

 

←*:【写真説明】ゾルゲのドイツ人部下マックス・クラウゼンは、この無線機を使用してモスクに秘密情報を送っていた。

 

※ 戦史事例:

織田信長の「桶狭間の奇襲作戦は、特別情報担当幕僚「簗田出羽守正綱」と土豪「蜂須賀小六」の情報に基づいて実施された

 War history example : Surprise attack at Dengaku Okehazama was conducted based on the secret information which collected by the special intelligence stuff Masatuna YANADA DEWANOKAMI and a powerful local clan leader Koroku HACHISUKA

 

And Nobunaga use Ninja spies called Ratupa『乱波』agents who disguised the chief of village, farmers, merchants or road guides【道案内】. These Ratupa agents hired by Nobunaga mainly came from free lance samurai【野武士】or powerful local clan leader【土豪】such as Koroku HACHISUKA. These Ratupa agents collected the intelligence and reported to the information staff of Nobunaga, Masatuna YANADA DEWANOKAMI

 

Nobunaga collected information on IMAGAWA force long before the start of war through Ratupa agent. Koroku HACHISUKA who was once a boss of Hideyoshi in boyhood, this time free lance wandering samurai group【野武士】. Koroku HACHISUKA conducted sabotage operation to IMAGAWA force by the order of Nobunaga through intelligence staff.

 

The battle of OKEHAZAMA between ODA force and IMAGAWA force started May 12, 1560. Lord Yoshimoto IMAGAWA and his 25,000 men departed from Suruga province to go up Kyoto to have an audience with Emperor【天皇に拝謁するため】.In this case Yoshimoto IMAGAWA must pass through Owari province where Lord Nobunaga ODA rule. Lord Yoshimoto IMAGAWA and Lord Nobunaga ODA were longstanding opponent【長年にわたり敵対関係にあった】

Lord Nobunaga ODA knew the importance of military information very well. Nobunaga ODA anticipated the invasion of IMAGAWA force and prepared the plot organization by use of powerful local clan leader Koroku HACHISUKA who was a friend of Toukichro KINOSHITA former name of Hideyoshi. Now Toukichiro is vassal【家臣】of lord Nobunaga ODA. And a chief of the 15 foot soldiers【15名の足軽の組頭】.

 

When IMAGAWA force, 25,000 men invaded the ODA territory and attacked and occupied two castles, WASHIZU castle【鷲津城】and MARUNE castle【丸根城】these castles belonged to ODA clan, finally surrendered. Lord Yoshimoto IMAGAWA puffed-up【驕り高ぶった】and had good feeling on his attack success. Yoshimoto thought these two castles could use foothold for Owari province where Nobunaga ODA rule.

 

:   Comment  : 1560年5月19日、今川義元、織田信長の奇襲に敗れる「織田信長は、類稀なる情報通であった」:

Koroku HACHISUKA, former boss of Toukichiro KINOSHITA  Hideyoshi , disguised chief of village proposed to Yoshimoto’s vassal. Congratulations! Perfect victory to capture two castles, WASHIZU and MARUNE are happy event for our villagers

“And well come to Dengaku Okehazama, I am a village chief of Dengaku Okehazama” “Please take a short rest over there, we prepare and serves dinner and Sake”

Koroku HACHISUKA, disguised village chief canalized the IMAGAWA force to Dengaku Okehazama【田楽桶狭間】. The terrain of Dengaku Okehazama is death ground where surrounded by mountains all direction and only one small narrow road pass through it so local people called the place Dengaku Okehazama defile. This defile is good place or killing pockets for a smaller force can strike large force easy. The death ground is Sun Tzu the Art of war prohibit stay there. But Yoshimoto IMAGAWA forgets the Sun Tzu the Art of War.

Koroku HACHISUKA proposed the rest of one night bivouac to make a big victory celebration party. “Please stay here, we are prepared delicious Sake and food for your victory”. So Yoshimoto rested here by the recommendation of Koroku HACHISUKA.

 

Chief of Commander, Yoshimoto IMAGAWA decide to bivouac at Okehazama with only three hundred Lord Guard at bivouac area by the request of village chief. And also he held big drinking combat victory party and rest. This place is very narrow concave ground can not stay and camp large force, so IMAGAWA dispersed formation.

 

Yoshimoto IMAGAWA took one night bivouac at Dengaku Okehazama and all the soldiers enjoyed warm reception. Yoshimoto get drunk on the wine of victory【義元は勝利の美酒に酔っていた】

 

And Koroku HACHISUKA called his subordinate Ratupa and order to report to Nobunaga secretly “Top secret. Yoshimoto IMAGAWA this night stay at Dengaku Okehazama”

 

By the order of Koroku HACHISUKA runner messenger【伝令】dispatched to Nobunaga with IMAGAWA force information. 

Nobunaga ODA received a secret letter in advance dispatched by Koroku HACHISUKA. The secret letter depicted that: “Top Secret, Yoshimoto IMAGAWA rest at OKEHAZAMA, and he will be one night bivouac at Okehazama”

 

Lord Nobunaga ODA got the information on the weather of early morning on May 19, 1560. Nobunaga got information from local old man who can good weather forecast. He said to lord Nobunaga “My lord, tomorrow will be local heavy rain【局地豪雨】fall at Dengaku Okehazama【田楽桶狭間】area, this localized heavy rain fall with thunder”.

 

Lord Nobunaga thought this heavy rain fall would make hard to recognize our accessing force from IMAGAWA’s soldiers. Because of the battle field noise such as whiny of horse and noise of armor contacts were vanished by heavy rain fall.   Nobunaga thought the noise of horses and soldiers was downed out by localized heavy rain. IMAGAWA force soldiers couldn’t hear our 2,500 men force noise by the heavy rain. So he thought we could surprise attack to Yoshimoto force headquarters and chop off Yoshimoto head.

 

Commander in Chief, Nobunaga ODA command only two thousand troops galloped to OKEHAZAMA. He marched with a round route which couldn’t take notice from enemy IMAGAWA force. And attacked IMAGAWA main force headquarters【本陣】. ODA force attacked IMAGAWA headquarters and chopped off the head of Commander in Chief Yoshimoto IMAGAWA.

 

ODA force attacked the Yoshimoto IMAGAWA force couldn’t fight back ODA force because of hangover too much. Commander in Chief【総大将】Yoshimoto IMAGAWA was killed by the first lancer in charge【一番槍】

The reward and praise of distinguished service was awarded by evaluation for one’s achievements and performance【論功行賞】of this battle of Okehazama, to special information staff, Masatuna YANADA DEWANOKAMI 【簗田出羽守政綱】. He reported every movement of Yoshimoto force to Lord Nobunaga ODA. And controlled the Ratupa spies agents. Not for the first lancer of attack to Yoshimoto【今川義元に対する一番槍ではなかった】.

 

【原典】

凡軍之所欲撃、城之所欲攻、人之所欲殺、必先知其守将、左右、謁者、門者、舎人之姓名、令吾間必索知之。必索敵人之閒来閒我者、因而利之、導而舎之、故反閒可得而用也。因是而知之、故郷閒内閒、可得而使也、因是而知之、故死閒為誑事、可使告敵、因是而知之、故生閒可使如期。五閒之事、主知之。知之必在反閒。故反閒不可厚也。

Comment「守将」:means general in charge of special mission.

:Comment「謁者」:means protocol officer.

:Comment「舎人」:means house keeper and gate keeper.

【訓読】

凡そ軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所は、必ず先ず其の守将・左右の謁者【エッシャ】、門者、舎人【シャジン】の姓名を先ず知り、吾が間をして、必ず之を索めて、知らしむ。

必ず敵人の間の来たりて、我を間する者を索め、因りて之を利し、導きて、之を舎【オ】く。故に反間(者)を得て用うべきなり。

是に因りて、これを知る。故に郷間(者)・内間(者)を得て使うべきなり。是に因りて、是を知る。故に死間(者)、誑事をなして敵に告げしむべし。これによりてこれを知る。ゆえに生間期の如くならしむべし。五間(者)の事は、主必ずこれを知る。これを知るは、必ず反間にあり。故に反間は、厚くせざるべからざるなり。

【和訳】

撃ちたいと思う敵軍、攻めたいと思う城、殺したいと思う人物がいるのであれば、まず敵の司令官、敵の城を守る守備隊長、敵の特定人物を守る警護隊長は、むろんのこと儀典官や家事手や門番に至るまで、必ず事細かに密かに調べさせること。

敵の間諜でこちらにやって来て、スパイをしている者を探し出し、これを捕まえて、我が方に寝返えらせる。そして利益を与えて反間諜として用いる。

この反間を介して、敵情を知ることが出来るから、死間を使用して、偽りの情報を流した上で、敵方に偽情報を与えることができるのである。この反間(二重スパイ)によって敵情を知ることができる。更に敵の情報を得る為に、生間を計画どおりに働かせることが重要である。

そこで、二重スパイは、敵の情報活動を知る上で、大変重要な存在であるので、ぜひとも優遇するべきである。

【英訳】

Whenever you want to strike an enemy force or to attack a besieged castle, or to assassin an enemy side key person, first of all, you must to know enemy situation including the name of the defending general of the army or defending castle commander or body guarding officer in charge of chamberlains and protocol officer, including their house keepers and gate keepers etc. So let your spies to find out these enemy person identities and ascertain in details by secret orders and instructions.

You seek and find out enemy spy agents who have come to spies on your country, arrest them and bribe them, and induce them to change your side with many profit. After this you can use them as reverse spies or double agents. By use of this double agent, you can deliver false information to enemy.

You can know enemy information by use of double spies so you make false information for enemy and handed this misinformation to your dead spies to convey to the enemy. By intelligence thus obtained from double agents, you can know the enemy’s situation. It is important to get more enemy information from living spies, so you need living spies to work as planed.

It is essential for a country leader to know about the five kind of espionage, and this knowledge depends on double spies,

So double spiesdouble agentsmust be treated extremely well, because of to get important enemy information.  

 

:Comment「ゴルゴ13」:This is the world of comics “GOLGO thirteen” which is written by Takao SAITO

 

Attention : To use of double agent requires special attention. He has already once betrayed his lord and country, and may be betray you in future. So you must be most intimate with him by pay maximum attention.

Attention to Self Defense Forces personnel : The military attaché of Russian Embassy adhere to the Golden rule of key word “to get the Self Defense Forces personnel is “MICE「ネズミ」”.

M short for Money       お金

I short for Ideology       イデオロギー

C short for Chantarge    脅迫      フランス語

E short for Ego ­              うぬぼれ  自尊心

特に自衛官(含む元自衛官)に対しては「うぬぼれ」を利用されたケースが多いのである。狸穴住在の駐在武官曰く「ヤポンスキーから情報を得るのは、ヨイショと持ち上げるに限る」と。宮永元陸補(中央資料隊一科長:ソ連担当科)がコゾロフ大佐に、萩崎元三等海佐(防大で国際関係専攻)がボガジェンコフ大佐にそれぞれコロリとやられたのは、何れも「オーチン ハラーショー。貴方のロシア語は素晴らしい」でした。

自衛官の諸君!狸穴住んで、「跳梁跋扈」いる駐在武官には、くれぐれも要注意。狸の手先となって隠蔽体質の防衛省から秘密をドンドン持ち出ださないようにして頂きたいものである。

そして、最近は、中国の情報機関の差し金で暗躍する「お色気ムンムンのおネイちゃん」を利用したhoney trapに、してやられた外務省の電信官や海上自衛隊員もいる。要注意。

 

跳梁跋扈 【ちょうりょうばっこ】             

Evil men rampant and prevailing in the world

Comment 1 : 「跳梁」 means “ Hop and jump ”, and 「跋扈」 means “ Rampant or large fish jump off fish catch bamboo net and escape “

 

※   :See:Appendix  1

:MIYANAGA spy incident. Ex-General who loves Russian language very much.

         :宮永スパイ事件 「ロシア語をこよなく愛した元将軍閣下」

      【陸上自衛隊きっての“謀略のプロ”は、ソ連の二重スパイであった】

 

【原典】

昔殷之興也、伊摯在夏。周之興也、呂牙在殷。故惟明君賢将、能以上智爲閒者、必成大功。此兵之要、三軍之所恃而動也。

:Comment「殷」:means Yin (商:Shang) Dynasty.

Comment「伊【イシツ】」:means Mr. Yi Zhi, the founder of Shang Dynasty.

Comment「夏」:means Xia Dynasty, founded by Mr. Wu【兎:Rabit

Comment「周」:means Zhou Dynasty.

:Comment「呂牙」:means Mr. Lu Ya, the founder of Zhou Dynasty.

上智:means the most resourceful person or highly intelligent person.

Year

Name of Dynasty

Name of Emperor

Founder of Dynasty

BC 2200

夏【 Xia 】

兎皇帝【 Wu 】

伊尹【 Yi Yin 】

BC 1700

殷【 Yin 】

湯皇帝【 Yu 】

伊摯【 Yi Zhi 】

BC 1100

周【 Zhou 】

武皇帝【 Pu 】

呂牙【 Lu Ya 】

そして、孫子の活躍した、春秋戦国時代となり、宋・衛・魯・陳・蔡・曹が争うのである。

【訓読】

昔、殷の興るや、伊摯【イシ】は、夏に在り。周の興るや、呂牙、殷に在り。故に惟だ、明君賢將のみ能【ヨ】く上智を以って間となす者にして、必ず大功を成す。此れ兵の要にして、三軍の恃【タノ】みて動く所なり。

【和訳】

その昔、殷王朝が夏王朝を討って天下を取った時、殷建国の功労者伊摯は、打倒した夏王朝の中枢に伊尹が間諜として密かに入り込んでいた。

そしてまた、周王朝が天下を取ったのは、かの有名な建国の功臣呂牙、別名『太公望』が間諜として、敵国の殷の中枢に間諜として入りこんでいて、敵情を知っていたからである。

だから、明君賢将のみが、有能な知恵者を凄腕諜報員に仕立て上げて、これを敵国に密かに派遣して、敵国の情報を得て、この情報を活用して、作戦計画を立案し、成果を出すことが出来る。これらの間諜こそ、戦争の要であり、彼らが得た情報により、全軍は、輝かしい戦果を得ることができるのである。

【英訳】

Once upon a time, at the time of the rise of Yin Dynasty in China by defeated the Kingdom of Xia, Summer Dynasty. Father of construction the Yin Dynasty, Mr. Yi Zhi slipped into the center of enemy Xia Dynasty secretly as a vice minister, double agent of Yin Dynasty in advance.

And also, at the time of the rise of Zhou Dynasty by the well known as Tai Kung Wan, a famous fisher angler, infiltration into enemy center of Yin Dynasty as double agent. Mr. Lu Ya, founder of the Zhou. China history is full of spies and intrigue with double agents.

Therefore only a brilliant lord and / or a wise general can train up gifted person for high caliber spy and dispatch to enemy country in secretly and get valuable information from the enemy. After that the lord and the general making a strategy or operation plan. That is spies are a keystone of information collecting operation. Whole army can get brilliant military achievements in the war by maximum use of the spy collecting valuable information.

 

※    情報将軍「明石元二郎」少将の大活躍:

レーニンをして「勲章を付与したいほどの男」と言わしめた男。

Before the start of Russo-Japanese war. Japanese Imperial Army want decrease the power of Romanoff Dynasty of Russia. The best course of action is to support the anti Romanoff Dynasty guerrilla action.

When Col. AKASHI assign to military attaché at Sankt-Petersburg, the capital of Russian Empire, he received secret mission from Gen. KODAMA, Deputy Chief of Stuff, Japanese Imperial Army. The secret mission is “Go to Stockholm and contact with member of Lenin Communist party and support the subversive activities for the Romanoff Dynasty. And Col. AKASHI support Communist party by donation of one million yen secret money. Today value about ten billion Yen:100億円】. Owing to Col. AKASHI secret support for communist party, which lead to the downfall of the Romanoff Dynasty

German Emperor Gaizel said “Col. AKASHI is the most astonishing person in this century, because of his achievements is equivalent to two hundred thousand Japanese soldiers.” ドイツ皇帝カイゼルをして「明石大佐は、今世紀最も恐るべき人物である。20万の全将兵と同じ働きをたった一人でやってのけた」といわしめた。

Founder of Soviet Vladimir Lenin said himself “I would like to give a decoration to Col. AKASH for our success on revolution”

Col. AKASHI’s achievement is to support and help Russian people who groan under the oppression by Czar. Col. AKASI’s idea is to help oppressed people and it meet the national interest of Japan same as fundamental principle of JICA.

ちなみに、明石大佐は、レーニのことを『礼仁』の暗号命【Code name】を使用していた。

明石大佐のこの偉業に刺激されて「陸軍中野学校」創設された。この陸軍中野学校の校風は「謀略は、誠なり」。

NAKANO school of Imperial Japanese Army’s school motto is “Plot must have sincerity” 

そして、その目指す所は、「東南アジアの貧しい植民地の人々、専制政治に苦しんでいる住民、白人の隷下で虐げられている東洋人を解放し、独立させて、住民側に立った民衆支援こそ、同じアジア民族の務めである」と。崇高・高邁なる思想であった。

そして「国と国家のために、野末の捨石となれ」と教育していたのである。JICAの『人間の安全保障』精神を凌ぐものすごいものであった。笹川良一さんの口癖「世界は一つ、人類皆兄弟」「世界は、一つの家、みんな仲良く」は、即ち「八紘一宇」の世界でもある。

 

※ 情報将軍 福島安正のお人柄:

福島安正は、陸軍士官学校も陸軍大学も出ず、陸軍最初の海外派兵で、英語通訳として台湾に派遣され、陸軍大将まで上り詰めた、努力の情報将校である。

1992年(明治25年)欧州留学の帰途、14ヶ月かけて、15,000km単騎シベリア横断をし、当時建設中であったシベリア鉄道の情報を入手した、異色の経歴の持ち主である。

日露戦争では、満州軍総司令部 総参謀長 児島源太郎と共に、参謀少将として『対露諜報戦』の指揮を取ったのである。

 

Leave a Reply

You can use these HTML tags

<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>